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17/12/09 「大魔王のお笑い神話(11月号)」をアップしました。
「スリランカ点描」(写真・文:廣津秋義)の第4回をアップしました。

17/12/03 近著探訪第45回『イスラーム思想を読みとく』(松山洋平著)をアップしました。

17/11/12 「スリランカ点描」(写真・文:廣津秋義)の第3回をアップしました。
●一昨日開催の「スリランカ料理の会」に参加されていた日下ご夫妻よりのご案内。くさか基金ホームページ上でスリランカの民話10話を日本語・シンハラ語の二言語で掲載中です。

17/11/05

アジアから来る花嫁たち
「大魔王のお笑い神話(11月号)」をアップしました。
大阪自由大学通信11月号をアップしました。
●朝日新聞で萩一晶記者による「フィリピン花嫁をたどって」という連載記事が掲載された(10月19日〜11月2日夕刊)。1987年9月「嫁不足」に悩む徳島県東祖谷村がフィリピンから6人の花嫁を迎え入れた。行政主導で国際結婚を斡旋したその手法が日比両国でさまざまな論争を招いたのだったが、このたびの記事は、あれから30年の時を経た花嫁の「今」をレポートしたもの。6人のうち今も祖谷に住むのは2人。結婚当時、「人買い」であるとか、主導した村長は女衒呼ばわりされたり…、様々な批判もあったが、農村社会の閉鎖性を打破する「可能性」に期待する論調もあった。「実ったものもあれば、期待がはずれたものも少なくなかった」という連載最終回にしるされた記者の述懐。ちょうど30年前「フィリピン→祖谷 国際結婚の周辺」というタイトルで、同じく萩記者が花嫁を迎えた直後の様子を9回連載でレポートしている。ふたつの記事を読み比べながら、30年という圧倒的な時間量が、当事者不在のところで当時繰り広げられていた侃々諤々のリクツを洗い流してしまったように感じたのだった。

17/10/29 旧著探訪第32回『バルバリア海賊盛衰記』をアップしました。
●先月、健康診断の結果が出た。7月以来の早朝ウオーキングと青汁摂取で、LDLコレステロール値を要治療の200mgから一気に160mgにまで
落とすことができた。これだと、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会による新基準では正常値内の数字である。さすがである。わが身体もまだまだコントロールが効かせられるわいと自画自賛していたのだが、数日前、攻撃的なスズメバチに追いかけられ、後ろ向きに走り出そうとした途端、脚がもつれ、あっけなくバランスを崩し、後頭部をアスファルトの地面にしたたかに打ちつけた。しばし起き上がれないほどに激しく。脳神経外科でのCTの結果は、ヒビも内出血も見られずというものだったが、なんとも気分がすぐれない。頭がぼーっとしている。すっきりしない。ハチ一匹でなんたる惨状。後ろ向きにステップがふめないほどにわが身は意のままにならなくなってしまっていたのか。すっかり意気消沈している。

17/10/19 「大魔王のお笑い神話(10月号)」をアップしました。

17/10/12 「スリランカ点描」(写真・文:廣津秋義)の第2回をアップしました。
●「スリランカ料理を楽しむ会 in 大阪」が開催されます。
・日 時:11月10日(金)19時から
・ところ:「スリランカダイニング・アマヤ阿波座店」
     大阪市西区立売堀4-7-15(地下鉄阿波座駅4番出口から徒歩2分)
・これまで「シーギリヤ」という店名でしたが、10月1日よりオーナーが代わり、店名が変わっています。どなたでも参加できます。直接お越しください。予算2000〜3000円。

17/09/24 ●スリランカ在住の写真家・廣津秋義氏による「スリランカ点描」(12回シリーズ)の第1回をアップしました。
●遅ればせながら、広島カープ、優勝おめでとう! 優勝決定戦を家でTV観戦するか、球場近くまで出かけていくか、悩みました。とりあえず優勝が決まりそうな時刻を見計らって甲子園へ行くことに。球場外でその瞬間の歓喜の渦を体感してきました。

17/09/18 近著探訪第44回『十二世紀ルネサンス』(伊東俊太郎著)をアップしました。

17/09/08
「大魔王のお笑い神話(9月号)」をアップしました。
『花ぎれ80号』が届いた。大阪編集教室40周年記念特集。表紙の写真はかつて教室があった市立労働会館(アピオ大阪)の最寄り駅・JR森ノ宮駅。ああ懐かしい。夜景になっているところがいい。当時、編集コースの授業は平日の夜だったので既視感たっぷりで懐かしい(じつはよくみると駅舎はきれいになっているようなんだけど)。内容は、教室の創設者、故松岡昭宏氏の、大阪文学学校設立(1954年)から教室代表を退任する(2002年)までの足跡をたどるもの。ほか、卒業生の座談会や、講師陣からの寄稿も。これまでの『花ぎれ』とはちょっと違った趣向に仕上がっています。表紙記載の手書き文字は生前の松岡氏の、独特の筆跡(これまた懐かしい)を書簡などから抜き出して組み合わせて再現したものです。凝ってます。稲田編集長(79期生)の渾身の一冊ですね。教室を知っている人も知らない人もこの機会にぜひ手に取っていただきたく思うのです(お問い合わせは、大阪編集教室まで)。

17/08/16 旧著探訪第31回『本屋風情』をアップしました。
●このお盆休みを利用して一泊二日で東京に行ってきた。取り立てての目的があるわけでもなく、とりあえずは、かつての会社勤め時代の飲み仲間と久闊を叙すことがひとつ。ほぼ30年ぶりに安居酒屋に集合したメンバーであるが、外も明るい昼下がりから延々と深更まで飲み続けて、案の定、翌日には何を話していたのかほとんどの記憶を失っていたのは、30年前と同じ。過去の自分を再現できたこの身をを賞賛すべきか、年相応のふるまいになっていないこの身を嫌悪すべきか。といってどちらが正しいかなんてことは、翌日の二日酔いの度合いに委ねられる。ということで、とりあえず今回の場合、再現できた自分を誇りに思ったのです。
●翌日、代々木上原の東京ジャーミーへ。ロシア革命のあと、亡命してきたタタール人によって1938年に建てられたモスクである。トルコ共和国の所属だそうで、礼拝堂の装飾の美しさはアジア1との評判である。土・日は午後2時半から見学ツアーが用意されている。参加費無料・予約不要で、希望者はその時刻に1階ロビーに集合すべしとのホームページ上のざっくりした告知をたよりに行ってきた。10人ほど来てるのかなとの予想に反し、80人近くの日本人でごった返していた。さすが東京というべきか、イスラームへの関心の高さにちょっと驚いた。

17/08/05 「大魔王のお笑い神話(8月号)」をアップしました。

17/07/08

賀川豊彦
と協同組合運動
「大魔王のお笑い神話(7月号)」をアップしました。
『賀川豊彦と協同組合運動』(ヘレン・F・トッピング著/石田園江訳)というブックレットを刊行しました。流通はしません。私家版(頒価500円)です。興味のある方はご一報ください。
●今年もぶじ7月の第1週目が終わった。2013年、14年と2年連続して7月初旬に肛門周囲膿瘍という病で七転八倒した。以来、7月はお尻の激痛とともにやってくる、という恐怖心で私の初夏は始まる。この病は十中八九、痔瘻に進行するといわれているのだけれど、私の場合幸いなことにその轍を踏まずにいる。2度目の発症後、自然とたばこがほしくなくなり、そのまま禁煙状態が続いている。20歳から35年ほど吸い続けてきたたばこであったが、禁煙外来のお世話になることもなく、禁煙宣言することもなく、大げさな覚悟もないまま止められた、というか、吸わなくなってしまった。自分に限って禁煙なんてすることはないだろうと確信していたのに。なんとあっさりと転んでしまったことか! ともあれ禁煙もすでに3年。それがよかったのか。よくわからない。お尻の調子はいい。ただ食欲が激しく増進した結果、コレステロールが異常値になってしまった。お腹周りもぽよよ〜んとなってしまった。というわけで、昨日からずいぶんとごぶさたになっていた早朝ウオーキングを再開した。秋の健康診断に向けてがんばってみよう。

17/06/10 大阪自由大学通信6月号をアップしました。
●「in
徳島」版に続き、今年も「スリランカ料理を楽しむ会 in 大阪」が開催されます。
 ・日 時:11月10日(金)19時から
 ・ところ:「シーギリヤ」大阪市西区立売堀4-7-15(地下鉄阿波座駅4番出口から徒歩2分)
 どなたでも参加できます。近くなりましたらあらためてご案内します。

17/06/04
「大魔王のお笑い神話(6月号)」をアップしました。
●イラン映画「人生タクシー」(ジャファル・パナヒ監督・2015年)を観た。イラン政府から「反体制的」との理由で20年間の「監督禁止令」を受けているパナヒ監督が撮った、映画のような映画でない、ドキュメンタリー作品。監督自身がタクシー運転手となってテヘラン市内を流しながら乗り降りする客を車内カメラが記録する。リアリズムがもつ切実さと滑稽感がないまぜになって、これといった演出はないはずなのに、さまざまな人間模様が浮かび上がってきて、ああこれが人生かもしれないなあ、とこちらの気持ちが優しくなってくる。「反体制」を声高に叫ぶのではなく、静かなユーモアで社会を切り取る。この監督の「オフサイド・ガールズ」(2006年)という、サッカー観戦を禁止された女の子たちが男装してサッカー場に乗り込んでいく作品も、女性差別なんてことを大上段に振りかざすのではなく、ほんわかとさせるユーモアがスマートだった。

17/05/28 旧著探訪第30回『海のラクダ 木造帆船ダウ同乗記』をアップしました。
大阪編集教室の受講生で発行している雑誌『花ぎれ』(
9月発行予定)は、教室40周年(1977年創立)を記念して創設者の故・松岡昭宏氏を特集するとの連絡を受けた。編集担当者がその松岡氏にかかわりのあった講師陣や事務局方を取材している。松岡氏の退任(2002年)のあとを10年間受け持った関係で私も昨日取材を受けた。ところがいざ松岡氏の思い出となるような話をさがしたのだけれど、これが実はほとんどない。あらためて振り返ると、親密に時間をかけて話をしたことがほとんどなかったことに気づく。松岡氏から私への教室の引き継ぎも3時間ほどで「ほな、これで」と帰ってしまわれたことを記憶している。さらには松岡氏自身、韜晦の人でもあった。教室の登記の変更手続きのときに、はじめて「松岡昭宏」がペンネームであったことを知ったぐらいだ。取材では断片的なエピソードしか提供できなかったが、結局、最大のテーマ「どういう思いでこの教室を立ち上げたか」は永遠の謎で終わってしまうかもしれない。それは教室以前の、1954年たったひとりで立ち上げた大阪文学学校を、20年後の1974年、なぜ去っていったのかが解明されない限り、教室へと続く足取りはたどれないからだ。この辺のことは、一昨年の10月にもこの欄で記した。ともあれ、多くの証言から浮き彫りにされる松岡昭宏像を楽しみにしているが、松岡さん自身、こういう特集は心底嫌がっているだろうなあと、すこし気の毒にも思えるのだ。

17/05/15 「大魔王のお笑い神話(5月号)」をアップしました。
●昨日は徳島へ。第4回「スリランカ料理の会 in 徳島」は7名が集まった。今回もっとも遠方からの参加は埼玉在住のSご夫妻。全国の百名城を回っておられる。徳島城訪問をこの日にセッティングされたとか。開発援助を担うコンサル会社のトップでスリランカ歴30年のスペシャリストだった。といって当会ではスリランカがらみの話ばかりというわけでもなく、スリランカのことはなにも知らないという方も来られる。決まったテーマがあるわけでもなく、なんでもあり。ちなみに昨日の話題は、エスペラントと混住社会、医療現場と看護師、徳島出身の人類学者鳥居龍蔵・きみ子夫妻のこと、原発と送電線、ODAから消えた「社会開発」という考え方、国際交流団体と公安、健康診断の功罪、外国人観光客の辺境志向などなど。私は知らないことばっかりで、かなり刺激を受けました。ともあれ、おしゃべりしながらスリランカカレーを食べて2時間ほどで解散。このへんのゆるさが何となく続いている要因だろう。

17/05/06

高田屋嘉兵衛
遭厄自記
大阪自由大学通信5月号をアップしました。
●「スリランカ料理の会 in 徳島」、まもなくの開催です。
 事前のお申込は不要です。自由にご参加ください。
・日 時 5月14日(日)12:00〜13:30
・ところ スリランカレストラン「マータラ」 徳島市住吉6-2-3 電話088-676-3511
・予 算 1000円程度
●5月3日、以前から訪れたいと思っていた、淡路島にある高田屋嘉兵衛の記念館へ行くことにした。ネットで資料を集めていると「高田屋嘉兵衛翁記念館閉館へ」という3月15日付け神戸新聞の記事に出合った。ありゃあ遅かったか…とがっかりしたがよく読むと、ウエルネスパーク五色という広大な公園内の一角に同じような記念館「高田屋顕彰館」(菜の花ホール)というのがあり、収蔵品はそこに統合された由。ここ10数年記念館の見学者の減少が続いていたと記事は伝えている。連休で公園内はかなりの行楽客で賑わっていたが、一本化されたにもかかわらず、こちらの顕彰館もひっそりと静まりかえり、入館者は私たち3人(ヨメさんと娘)だけであった。2000年にNHKで放映されたドラマ「菜の花の沖」のダイジェスト版を館内の大型スクリーンに上映してもらったのだが、観客が私たちだけというのはすこし寂しかった。顕彰館の売店で地元の有志(高田屋嘉兵衛顕彰会)によって出版された現代語訳『高田屋嘉兵衛遭厄自記(そうやくじき)』(値段は記載されていないが500円だった)を買い求めた。嘉兵衛が国後沖でロシア軍艦に捕らえられた時から解放されるまでの出来事について記録したもの。こういうのを買えたのは行った甲斐がありました。

17/04/16




●13日付け朝日夕刊に「皇太子さま、マレーシアへ出発」という見出しで、マラヤ大学において皇太子さまが元日本留学生らと懇談されるという記事が出ていた。今年は日・マ外交関係樹立60周年という節目にあたるらしい。記事には戦時中に南方特別留学生として広島に留学していたラザクさんの家族に会われるとも。「広島留学中に被爆、息子が面会へ」との見出し。「息子」と表記されている方はラザクさんの長男ズルキフリ氏(65歳)。ラザクさんの戦中・戦後の軌跡と、日本とマレーシアの関係、そして「廣島」から「広島」「ヒロシマ」への移ろいをたどった一冊、小舎刊『南方特別留学生ラザクの「戦後」』で、著者の宇高雄志氏が当時マレーシア科学大学の副学長であったズルキフリ氏にインタビューし、「父としてのラザク」を語ってもらっている──。というわけで、ここでお伝えしたかったのは、ぜひこの機会に本書を手にしていただきたい!ということであります。以上、宣伝でした。ところで、この「息子」という表記がすごく気になった。まったく正しいんだけれど、当該記事のような文脈において他人の息子を称する言葉としては「子息」ぐらいのほうが穏当ではないかと。
●過日、学生時代の友人Oくんが来阪するとのことで大阪在住のTくんと一緒に久闊を叙すことに。Oくんはサラリーマン人生のうち20年近くをインドの駐在員として送ってきた。久しぶりに「サイババ」やら「アガスティアの葉」などの話で盛り上がる。今ではサイババって誰?という時代になってしまったが、1990年代初めの頃、「神の化身」として一世を風靡したインドの聖者であった。彼の秘蹟を取り上げた青山圭秀著『理性のゆらぎ』(三五館・1993年)は当時ベストセラーとなり、科学だけでは解き明かされない神秘現象が話題になった。同著者の『アガスティアの葉』(三五館・1994年)も社会現象になった。アガスティアという聖人が地球上すべての個人の運命を予言してヤシの葉っぱに書き残しているというもの。自分の運命が記された1枚をOくんは現地で調べてきたらし
い。家族のこと、故郷のこと、仕事のことなどすべて「当たっていた」し、これまでの人生の流れも「その予言するところに間違いはなかった」と。「じつは、いつ死ぬかもわかっているのよね」とも。すかさずTくんが「10月は生きてる?」と正鵠を得た質問をした。今年の10月は、みんなが楽しみにしている同窓会なのだ。「うん、大丈夫」との返事に私たちは胸をなで下ろした。

17/04/08 大阪自由大学通信4月号をアップしました。
近著探訪第43回『浄土真宗とは何か』(小山聡子著)をアップしました。
●過日「イスラーム映画祭2」(元町映画館)に行ってきた。「私たちはどこに行くの?」(レバノン・2011年)はムスリムとクリスチャンが半分ずつ住む小さな村が舞台。男たちが事あるごとに争いを始める。女たちは平和な村の暮らしを実現しようと宗教を越えて結託し秘策を練る。すこしコミカルなタッチの映画。これは楽しめた。しかしそのあとに観た「敷物と掛布」(エジプト・2013年)はなんだかわからないうちに終わった。「アラブの春」のエジプト革命が背景の物語。台詞が極端に少ない。男が逃げる。走る。また走る。匿われる。また逃げる。走る。撃たれる。死ぬ。???? なんじゃあ、こりゃあ! 上映後のトークセッションで、甲南大学の中町信孝教授よる各シーンごとの絵解きがあったのでようやく腑に落とせたが。先生曰く、意図してわからないように作られれているとか。こういうのって、苦手だなあ。

17/03/20 「大魔王のお笑い神話(3月号)」をアップしました。
●『騎士団長殺し』は長かった。第一の読後感は「やっと終わった、ああしんど」というものだった。こんなに長くする必要があったのかなとも思えるほどに疲れました。でも、第2部最終ページを読み終えたら、もう一度、最後の力を振り絞って、第1部冒頭の「プロローグ」へ立ち帰ることがポイントだと思う。それが第3部への予感をもたせる内容であったことに気づかされる。そうなのだ。じゅうぶん長いにもかかわらず、じつは物語はまだ閉じられていない。時間を味方につけた「私」が、その必要とされた時間を経たあとに、語らなければならないことがある、そう受け取った。

17/03/04

『1984年』
早川文庫・1972年
●今日から村上春樹の新刊『騎士団長殺し』(新潮社)を読み始める。amazonで1月に予約していたものが先月24日(発行日前日)に届いていたのをすこし寝かしていた。ヤマト運輸さんにはそんなにきっちり届けてもらう必要もなかったのだけれど、システム上厳格に着荷日が指定されているもんだからやはりその通りに届くわけで、なんとも物流過多の大変なときに申し訳ない…、筋金入りのハルキストでもなく、それほど急いでもいないのに…、とすこし後ろめたさを感じております。実際、村上作品の熱心な読者ではなかった。『1Q84』まででは! それが『1Q84』ですっかりはまってしまったのであります。といってこれが初めて読んだ村上作品でもなくて、それまでもそこそこ読んできたし、初期の作品などは好きなほうだった。でも『ノルウェイの森』が出たあたりから一切手にすることがなくなっていた。ただたんにミリオンセラーというものに対してへそを曲げただけのことです。アホなことです。『1Q84』のミリオンセラー化の渦中では、それってジョージ・オーウェルの『1984』のこと?なんて、今思うとほんとに嫌みな、いけ好かないおっさんまるだしの悪臭をまわりにまき散らかしていた。恥ずかしい。それがブームからだいぶ遅れて、人目を忍んで読んだところ、一気にはまってしまったのだ。これまでの人生のなかで読んだ小説の中で一番面白かった!と断言できるほどに。というわけで今日から再び村上ワールドに入りつつあるのだけれど、世間ではトランプ大統領の誕生でG・オーウェルの『1984』がいまブームなんだとか。なんとまあ変な具合にいろいろと錯綜する世情であります。
大阪編集教室の受講生による自主編集雑誌『花ぎれ』77号が昨日教室より送られてきました。来る4月15日(土)に「第80期編集ライターコース」が開講します。興味のある方、ぜひのぞいてみてください。

17/02/26

宝島社・2011年
●ここ数カ月、休みともなれば終日おこたでぐだぐだしており、まったく不健康きわまりない日々を送っていた。昨日の土曜日はあまりにいいお天気だったし、たるみっぱなしのお腹まわりの窮屈さが忌々しく、このままにしておくと今に取り返しがきかないぞとの恐怖もあり、思い立って山歩きをした。神戸女子大キャンパスの北側にある登山口から六甲山系の西の端の栂尾山(つがおやま)、横尾山を経て東山までの須磨アルプスといわれる一帯。ここの登山口は約400段にもおよぶコンクリートの階段が設えられている。この階段で一気に100メートルほどの高さまで登るのだが、この出だしの階段でもうすでに青息吐息。ふくらはぎがこむら返りしそうであった。
●東京都民でもなく、なんの利害関係もないのだけれど、小池知事誕生以来、東京をめぐるニュースが俄然面白い。豊洲問題で石原元知事を証人喚問することが予定されているそうだが、このあたりの経緯は宝島社刊『黒い都知事石原慎太郎』という本の中で〈錬金術にまみれた「築地市場移転計画」の陰謀〉と題してくわしくレポートされている。刊行は2011年1月。たまたま古本で見つけた。なんだ、とっくの昔に活字化されていたのか。しかし、この本がきっかけとなって知事のスキャンダルが暴かれ、ニュースになるほどに盛り上がっただろうか。記憶にない。比較して今回の衆目の集めようはどうだろう。テレビメディアを最大限利用した、小池知事の劇場型演出で、あれよあれよという間に全国版の見せ物になった。やっぱりテレビの力というのはとてつもなくすごいなと思う。紙媒体の比じゃない。その意味でとりあえずはよかったと思ったのが、豊中市の国有地8億円ディスカウント払い下げのニュース。本来であれば新聞一面トップの扱いだと思うけれど、社会面でのこぢんまりした扱い。テレビにいたってはいつもの〈自主規制〉かとあきらめていたが、遅ればせながらぽつぽつ取り上げるようになった。テレビで報道されないと事実そのものがなかったことになる世の中。怖いね。

17/02/18 近著探訪第42回『イスラームから見た「世界史」』(T・アンサーリー著)をアップしました。

17/02/05 「大魔王のお笑い神話(2月号)」をアップしました。

17/01/28

「砂漠の女王」
ソニー・マガジンズ
「アラビアの女王 愛と宿命の日々」という映画を見た。「砂漠の女王」と呼ばれ、イラク建国の立役者とも伝えられる英国人女性ガートルート・ベルの伝記を映画化したもの。「アラビアのロレンス」ことT.E.ロレンスの陰の情報提供者であったともいわれる。第一次世界大戦の戦中・戦後に中東をフィールドワークした文化人類学者であり、考古学者であり、作家であり、旅行家であった。戦中は大英帝国の女性初の政務官を務め、戦後は東方書記官という要職に就いた。ニコール・キッドマンがベル役で主演。しかしながら作品そのものは、ロマンス譚というには単調で、はらはらどきどきの冒険譚にも諜報譚にもなりえず、中途半端で凡庸な印象。4時間近い長尺モノの大作「アラビアのロレンス」と比較してしまうからか、物足りなさを感じた。活字版『砂漠の女王 イラク建国の母ガートルート・ベルの生涯』(ジャネット・ウォラック著/内田優香訳/ソニー・マガジンズ/2006年)は600頁近くの大作。こちらは読み応え大いにあり。

17/01/11 「大魔王のお笑い神話(新年号)」をアップしました。

17/01/02 ●あけましておめでとうございます。本年も変わりませずご愛顧のほどお願いします。
●昨年に引き続き今年も高御位山山頂から初日の出を拝んできました。ざっと1000人ちかくの人出ではなかったでしょうか。登山道はかなり渋滞気味でしたが、30分ほどで頂上へ。お天気もよく鮮やかな初日の出でした。
●昨年大晦日にアニメ映画「この世界の片隅に」を見ました。じつはアニメ映画を見たのは、これが生まれて初めて。映画史上あれほどに話題になったジブリ作品も、恥ずかしながら一つも見たことがない。だけど、この作品だけは見ておこうと思った次第。しかし初心者ゆえ、アニメそのもののビジュアル性に気を取られっぱなしで、物語のテンポにすこし置いてきぼりを食ってしまった感じです。あれはどういう意味(こと)だったのだろう?という点がいくつかあり、原作を読んでからもう一度見るつもりです。
●今年も「スリランカ料理を楽しむ会 in 徳島」が開催されます。
 事前のお申込は不要です。自由にご参加ください。
・日 時 5月14日(日)12:00〜13:30
・ところ スリランカレストラン「マータラ」 徳島市住吉6-2-3 電話088-676-3511
・予 算 1000円程度

16/12/10 「大魔王のお笑い神話(12月号)」をアップしました。
大阪自由大学通信12月号をアップしました。

16/11/26 旧著探訪第29回『イスラーム哲学の原像』(井筒俊彦著)をアップしました。

16/11/13
「大魔王のお笑い神話(11月号)」をアップしました。
大阪自由大学通信11月号をアップしました。
●きのう、須磨離宮公園北側の栂尾山(つがおやま)から横尾山、須磨アルプスを経て東山へ登った。いつもだったらここから南側の山陽電車・板宿駅のほうへ下りてくるのだけれど、今回は北側の妙法寺のほうへ。そこから高取山を登り返して、高取神社の参道を南へ下りてきた。下山したところの住宅街でおじいさんに「どこから登ってこられた?」と聞かれたので「須磨のほうから」と答えると、「ほほー、半縦(はんじゅう)ですやん」と感心してくれた。「いやあ、三分の一縦ですわ」と答えたのだけれど、三分の一どころか、五分の一ぐらいの距離だろう。今日は朝5時から六甲全山縦走大会が開催されている。山歩きを始めた数年前は、慣れればいつの日か、私だって「全縦」できるようになると楽観していたのだが。今は、いくら鍛えたところで自分にはとても無理であると確信してしまっている。ああ、これが年というものか。
11月5日カープ優勝パレードを見物に広島へ行ってきた。午前7時半ごろ広島駅に滑り込む新幹線から見える、駅からマツダスタジアムへの、いわゆるカープロードは、お昼から開催される「優勝報告会イベント」に押し寄せる怒濤のファンたちに埋め尽くされていた。翌日の報道によると、前夜からいい席を求めて並ぶ人が多数いたとのこと。私はこの報告会への抽選にはずれていたので、ともあれ10時からパレードが始まる平和大通りへ急いだ。しかしすでに大通りは3キロ以上にわたって十重二十重に見物客で取り囲まれている。沿道そばの優良スポットは子どもの運動会の場所取り合戦よろしく、日の出前にとっくに勝負はついていた。仕方なく背伸びをしながらはるか遠くから選手たちが乗ったバスの車列を眺めるはめになってしまった。バスを先導するように走るスポーツカーに乗っていた黒田選手、新井選手は見えずじまい。というか、スポーツカーがパレードしていたなんてあとのテレビニュースで知った次第。スポーツカーはいかんでしょ!

16/10/16
アラブ的思考様式
アラブ的思考様式
牧野信也著
●昨日みんぱく主催の〈言葉から文化を考える─「アラブ的思考様式」再考〉と題した、西尾哲夫教授の一般向けゼミナールに行ってきた(ついでに太陽の塔を撮ってきました。万博公園に行くと毎度なぜか撮ってしまうのだ)。深く演題を考えずに参加してしまったのだが、「アラブ的思考様式」とは牧野信也氏の著書(講談社学術文庫・1979年・絶版)のことだった。言語学(アラビア語)的視点からアラブ民族の思考様式を探った内容である。その主張するところを「再考」(批判)するというものであった。この牧野氏の本は読んだことがあるのだが、もとよりアラビア語の知識がないのでほとんど内容は理解できずページをめくっただけである(だから西尾氏が当ゼミナールで牧野氏のどの点をどう批判されたのか、わからずじまいであった)。ただ本書の「まえがき」で紹介されていたエピソードは強烈に今も印象に残っている。本論はわからずともこのエピソードだけでじゅうぶん元が取れたと思えるほど、衝撃的であった。──著者牧野氏が留学先の西ドイツからの帰途、友人を訪ねてシリアのダマスカスに立ち寄る。そこでカバンを置き引きされ、留学中に入手した貴重な文献資料が消えてしまった。茫然自失の牧野青年をみた40過ぎの、見知らぬシリア人男性が「何か困ったことがあるのか」と声をかけてきた。その男性は「あなたを助ける栄誉を与えてくれ」と言って、警察署に同行して必要な手続きを手伝ってくれた。さらには男性宅に連れて行かれ、家族一同から熱烈歓迎を受け、お茶やお菓子、果物が振る舞われ、日が暮れるとテーブルには所狭しと豪華な夕食が並べられた。食後には清潔なシーツが敷かれたベッドまで用意された。心からの歓待で元気づけてくれたわけであるが、翌朝、牧野青年はそのお礼にとわずかばかりのお金を包んで渡そうとした。途端、あれほどに親切でにこやかだった男性がみるみるうちに険しい表情に変わる。「ああ、なんという侮辱!」と叫びながら激怒し、牧野青年はおもてへ荷物とともに追い出されてしまう。扉はぴしゃりと閉じられ、いくら呼んでも扉は二度と開くことはなかった。底抜けの親切と好意から、一転して荒々しい怒りへと駆り立てる極端な感情の振幅。強烈な挿話であった。

16/10/08 「大魔王のお笑い神話(10月号)」をアップしました。
大阪自由大学通信10月号をアップしました。

16/09/18

スリランカで
ビジネスチャレンジ!
●アールイーの新井さんが来阪。昨日、大阪・阿波座にあるスリランカ料理店「シーギリヤ」で昼食を食べながら久闊を除す。料理はバナナリーフに盛られたカリープレート。バスマティ米にトッピングされたさまざまな具材が渾然一体となって……、これまで食べてきたスリランカ料理の中なかで一番の美味しさだったかもしれない。昼間っからビールがすすむ。スリランカで10年近く農業指導してきたJICA専門家の方が以前ここ「シーギリヤ」の料理を激賞されていたことがあったのだが、このたびしっかりと腑に落ちた。もちろんスリランカ通の新井さんも「関東にはこれほど本格的なスリランカ料理を提供するレストランはありません」と、納得の逸品であった。アールイー発行の新刊『スリランカでビジネスチャレンジ!vol.2』(本体1400円)をいただく。一攫千金をねらってスリランカでのビジネスを指南する、珍しい一書。ぜひご一読を。
●大阪編集教室刊行の『花ぎれ76号』(本体200円)が届く。特集は「天王寺 七坂」。このあたりは一度歩いてみたいエリアなのだ。暑さもおさまれば「花ぎれ」片手に出かけてみよう。梅田の「清風堂書店」で販売中。あわせてただ今、教室は第79期生を募集しています。ご検討ください。

16/09/11
大阪自由大学通信9月号をアップしました。
「大魔王のお笑い神話(9月号)」をアップしました。
●やってくれました、広島カープ! 優勝おめでとう。私は1970年代後半の第一次カープ黄金時代(1975年が初優勝)を彼の地で過ごした。1979年の優勝(2度目)の年
は、旧市民球場での試合はほぼすべて観戦したと思う。球場まで自転車で15分ほどのところに住んでいたから夕涼み感覚で足を運んでいた。外野の自由席がたしか500円ほどでなかったか。球場の隣に建つ広島そごうの屋上ビアガーデンからもナイターを見下ろせたなあ。当時を懐かしんで手にしたのが『赤ヘル1975』(重松清・講談社・2013年)だ。じつは刊行と同時に手に入れていたのだが、読んだのはつい最近だ。今夏文庫本になったらしくその広告を見て買っていたのを思い出したのだ。広島の地がああなんとも愛おしい。優勝パレードには赤いユニホームを着てぜひとも駆けつけたい(黒田選手の背番号15のレプリカ版ユニフォームは用意したぞ!)。

16/08/22 「大魔王のお笑い神話(8月号)」をアップしました。

16/08/15 ●12日、鳥取の大山(1710m)に登った。昨年秋に一度登っていたので、少し自信はあったのだが、やはり夏場の山登りは想像以上にきつかった。避難所のある六合目を過ぎたあたりから、数十メートルほど進んでは休憩といったリズムで、息も絶え絶えの尺取り虫の歩み。途中、下山してくる20人ほどのパーティとすれ違ったが、そのなかに「Great Traverse百名山ひと筆書き」の田中陽希さんがいた。嫁サンがすれ違いざま思わず「あっ、田中陽希さん!」と声を出すと、「ありがとうございます!」と振り返って応えてくれた。まったく疲れた様子もなく、軽快な足取りで駆け抜けていった。

16/08/10
大阪自由大学通信8月号をアップしました。
●映画「Behind "THE COVE" 捕鯨問題の謎に迫る」(八木景子監督・日本・2015)を観た。和歌山・太地町のイルカ漁を取り上げた映画「ザ・コーブ(The Cove)」(ルイ・シホヨス監督・米・2009)が話題になって以来、太地町には海外から反捕鯨の活動家たちが大挙して押しかけるようになった。ちいさな町が騒然としている。シーシェパードの連中に日々の暮らしを監視され、海外メディアからは無遠慮に撮影され、一方的なナレーションをつけて町民たちの日常が世界中に悪意を持ってばらまかれてきた。そうした状況を反転させるべく、太地側から撮り返した作品が映画「Behind "THE COVE"」だ。活動家たちが向けてくる驕慢なカメラに対して、八木監督はカメラを対峙させてフィルムを回す。アンチテーゼ版「Making of THE COVE」といったところか。町長、IWC委員、科学者など各界の専門家への取材を通して反捕鯨運動のもつ「怪しさ」をロジカルに暴いていく面白い映画だった。その日、八木監督が舞台挨拶に来られており、上映後、トークショーがあった。そこで紹介されたエピソードのひとつ、この「Behind "THE COVE"」がモントリオール映画祭に正式に出品されて以降、太地町にあれほどに集結していた活動家たちがクモの子を散らしたようにいなくなってしまったというお話。意外な結末に拍子抜けした。

16/07/31 旧著探訪第28回『エジプトないしょばなし』(田中四郎著)をアップしました。
●足かけ28年乗り続けた車をついに廃車にした。1989年製。走行距離284,272km。15年ほど前にエンジンからオイル漏れがあったため一度オーバーホールしたがそれ以降は故障らしきものとは無縁であった。ただ3〜4年ほど前からクーラーが効かなくなり、これを修理するとなると高額な費用がかかることもあり、夏場は窓を全開にして走る。しかし長時間運転は熱中症の恐れあり、年とともに体力の限界もあり、ついに堪えきれなくなってしまった。「モノ」とはいえ、30年近くの悲喜こもごもを一緒に歩んできた思い入れはあり、寂しい。お盆と暮れの年2回しか洗車することはなかったが、お別れの前にきれいに洗って送り出した。

16/07/10
「大魔王のお笑い神話(7月号)」をアップしました。
●「オマールの壁」(2013)というパレスチナ映画を見た。パレスチナ自治区に生きる、反イスラエル活動家の若者たちの、友情と恋愛に仕組まれてくるイスラエル捜査官の「秘密の罠」……。さまざまな伏線が敷かれているのを注意深く読み解いていかないと、見終わったあと???となって、あたふたしてしまうこと必定という前評判を耳にした。嫁サンと「夫婦50割引」でチケットは安く買えてはいるが、とりあえず筋ぐらいは腑に落とせないと損をした気分になってしまう。「ねたばれ注意」の但し書きのある、中東ジャーナリスト川上泰徳氏の「謎解き」を読んでから映画館に向かった。それでも、理解するのにずいぶんと苦労した。

16/07/03
大阪自由大学通信7月号が届きました。
●暑い。梅雨明けしたかのような猛暑が続いている。雲の形も真夏めいてきた。山歩きもこれからはちょっと無理かもしれない。2日(土)は曇りの予報だったので、東おたふく山から六甲最高峰を経て有馬温泉へというルートを歩こうと計画していたのだが、朝の太陽を見てやめた。代わりに「武庫川渓谷の廃線跡ハイキング」に行ってきた。しかし、こちらとて、あやうく熱中症になりかねない熱波であった。

16/06/19


やわらかなアラブ学
田中四郎著
●雨。今日は大阪城西の丸庭園で開催される「国際ヨガDAY in 関西」のイベントに参加する予定だった。ヨガ経験はまったくないのだが、「インドの大魔王」こと大麻豊氏より案内をもらったとき、昨年「第1回国際ヨガの日」のニュース映像を思い出したのだった。面白そうじゃないですか、地球規模で一斉にヨガをするなんて。案内パンフの「持ち物」にヨガマットなるものが掲載されていたのでamazonで入手していた。準備万端だったのに残念。じつは雨天決行なんだけれど、風邪を引いてもアレなんで家でじーっとしている。
●古本で買った『やわらかなアラブ学』(田中四郎著・新潮選書・1992)という本
を読んでいたら、元オマーン国王と結婚した日本人女性の話が載っていた。1935年(昭和10)のこと。神戸税関につとめていた大山清子さん(当時19歳)が、たまたま神戸に滞在していたオマーンのタイムール国王に見初められ結婚を申し込まれる。大山家側は日本に住むことを結婚の条件としたため、国王は退位し、神戸に新居を構える。ところが娘を出産したのち、清子夫人は結核で急逝してしまう(お墓は兵庫県稲美町にある)。結婚生活は3年で終わってしまうのだが、その女の子(ブサイナ姫)はいまもオマーンの王宮内で静かに暮らしているという。ネットでこの一件を検索してみると、今年の2月にフジテレビ系で「アラブ国王と恋物語日本人女性秘話」というタイトルで番組化されていたようだ。だからすでにご存じの方も多いかもしれない。あるいは、東日本大震災に対する海外からの義援金額でこの「結婚」にしばしば言及されたことがあったようで、こっちの流れで耳にされた方もあるかもしれない。国別義援金ランキングによると、第1位がアメリカで約30億円、2位が台湾の約29億円、3位がタイで約20億円、そして4位がオマーンとなって約10億円。ここで「えっ、なんでオマーン!?」という不思議からこの「結婚秘話」にたどり着いたという人も多かったようなのだ。

16/06/12
「大魔王のお笑い神話(6月号)」をアップしました。

16/06/05
大阪自由大学通信6月号が届きました。
●昨日、久しぶりにムジカの堀江さんを訪ねる。店舗が堂島から芦屋に移って以来足が遠のいていた。1階は茶葉の販売スペース、中二階には堂島時代同様に紅茶関連の資料が所狭しと陳列されている。ソファーセットが用意されていて、ここで紅茶が飲める。「何、飲む?」と訊かれて、芦屋への移転を記念して発売された「芦屋プラウド」を所望。メンタームのキャラがきちんと出ているウヴァと、ピーククオリティのヌワラエリヤの清澄な渋みがいい具合にブレンドされた逸品。帰り際、1階のレジで支払いしようとすると、なんと喫茶はサービスらしい。ポットサービスだから2-3杯たっぷりいただいてお代は不要。なんと、まあ。茶葉の購入者へのサービスだそう。あわてて紅茶1ポンドを買い求めた。

16/05/29
近著探訪第41回『これからのマルクス経済学入門』(松尾匡著・橋本貴彦著)をアップしました。今年に入ってなんと3冊目!の松尾先生のご本です。いつもご恵送賜りありがとうございます。近著探訪シリーズも松尾本3連発となりました。
●一昨日のオバマ大統領の広島訪問のニュースを見ながら、「戦争の道義的埋葬」というマックス・ウェーバーの言葉を思った。「(戦争の責任という問題は)少なくとも倫理的には葬られるべきもの」で、そのためには「品位が必要」であるとする。倫理問題が持ち上がるとすれば「双方の品位の欠如を示す」。ウェーバーの『職業としての政治』からの抜き書きであるが、被爆者側からの謝罪要求の声がほとんど聞かれなかったことに、清々しい品位を感じた。「政治的には解決することのできない不毛な」倫理問題に拘泥することなく、核廃絶に取り組んでいこうとするその未来志向に、「将来と将来への(みずからの)責任」について考えることに政治のつとめがあるとするウェーバーの主張に合致した素晴らしいイベントであった、と思う。

16/05/17
「大魔王のお笑い神話(5月号)」が届きました。あわせて「第2回国際ヨガDAY in 関西」のご案内もあります。6月19日(日)です。

16/05/07
大阪自由大学通信5月号が届きました。
旧著探訪第27回『来て見てシリア』(清水紘子著)をアップしました。
●3日。憲法記念日。徳島での「スリランカ料理の会」に出席。過去最高の16名が参加。広島、愛媛からも。毎回新しい人が増えている。キャラが異常に際だった人が多いので刺激になる。夕方から暴風が吹き始め、鳴門海峡大橋では大型の高速バスでも吹き飛ばされそうだった。案の定夜間には全面通行止めになったようだ。危機一髪で帰ってくる。
●5日。こどもの日。阪急芦屋川駅から六甲山最高峰を経て、有馬温泉へ。六甲登山の鉄板ルートを歩く。風吹岩までの登山道は子連れ家族でかなり渋滞気味。そこから北へのルートは空いて歩きやすいが、七曲りの急坂で息も絶え絶え。5時間ほどかかった。もうへとへと。「金の湯」(650円也)で汗を流して、とりあえず立ち飲みバールで生ビール1杯。つぎにお好み屋さんでジョッキ2杯。すっかりいい気分に。

16/04/17


スリランカで
運命論者なる
●「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい」という物言いがあるけれど、外国語をできるだけ現地の音に近いかたちで表記しようというのが最近の流れだ。かつてイスラムといっていたのがここんところ「イスラーム」と音引きを入れるのが一般的になった。ムスリムが食べてもOKなハラル食品もハラールと引っ張る。アルカイダはアルカーイダ。イラクのバグダッドは一般的には今もそう呼ばれているが、学術・専門の世界ではバグダードだ。アフガニスタンの首都カブールは、ほんとうは「カーブル」なのになぜか日本のマスコミはカブールと言い習わしている。新聞・テレビがこうした表記を主導しているのでそこが変わらないとなかなか改まらないのかもしれない。もうずいぶん昔の話に「ドーハの悲劇」というのがあったが、そのカタールは現地の文字表記からすると「カタル」のはずだけれどたいてい音引きを入れる。漢字では「華多留」だそうで、こっちのほうがよっぽど現地音に忠実だ。メッカはマッカ、メディナはマディーナへ。これは現在進行中。……と、こんなことを書き連ねたのは『スリランカで運命論者になる』(杉本良男著・臨川書店)を読んでいて、こうした外国語表記について目から鱗の下りがあったからだ。第4代セイロン首相で現コロンボ国際空港の別名にも冠されている「バンダーラナーヤカ」。これはひと昔前は「バンダラナイケ」だった(今もこの表記をけっこう見かける)。ローマ字表記は、Bandaranaike。この最後の「ke」をローマ字読みにして「ケ」とした。でもこの「e」は、ほんとうは曖昧なア音を表す発音記号(eを上下逆さまにした文字)の代用として使われたことが始まりらしい。だから「ke」は日本語の音からすると「カ」となる。同様にスリランカの夏目漱石とも称される作家、Martin Wickramasingheの末尾「he」も、ウィクラマシン「ヘ」ではなく、ウィクラマシン「ハ」だ。小舎刊『蓮の道』の著者名の表記もちゃーんと「マーティン・ウィクラマシンハ」となっているゾ! 上述の事情にはとんと不案内であったが、本書はシンハラ文学の第一人者、野口忠司先生が訳されていたからね。昨年12月23日のこの欄で言及した人類学者Obesekereの最後のkereも「ケレ」ではなく「カラ」だ。「kere」の二つのeは、曖昧なア音の代用表記ですからね。いずれにせよ、ローマ字至上主義者の陥穽です。

16/04/10
「大魔王のお笑い神話(4月号)」をアップしました。

16/04/03
●立命館大の松尾匡先生から新しいご著書『自由のジレンマを解く』(PHP新書)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。「コミュニタリアンからリバタリアンへ」が、これからを生き抜いていくよすがとなる! 意外にも思えるそのこころは? 近著探訪第40回『自由のジレンマを解く』(松尾匡著)でそのさわりを紹介しております。
大阪自由大学通信4月号が届きました。

16/03/13


アジアから来る花嫁たち

小さな民のグローバル学
●四国の東祖谷山村(現・三好市)が行政の仲介でフィリピンから花嫁を迎えて今年で満30年になる。1988年小舎刊『アジアから来る花嫁たち』(編集部編)は、その「村の国際結婚」に対してなされた一連のマスコミ報道をまとめた基礎資料集である。資料の収集・整理などにさいしてずいぶんとお世話になった現地のM氏から『小さな民のグローバル学』(ぎょうせい・2016年)所収の論文、佐竹眞明「四国の山村における国際結婚」の案内をもらった。それによると、87年成婚した6組うち2組が今も祖谷に暮らす。90年代以降は、行政の仲介を経ず、エンターテナーとして出稼ぎにきていたフィリピン人女性と祖谷の男性との自立的結婚が6組、また花嫁の妹や姪を紹介する事例も2件あり、そうした「後輩花嫁」6人が東祖谷で暮らしているそうだ。彼女たちの多くは地元の介護施設で働き、限界集落の福祉を支えているという。佐竹氏は論文で彼女たちの日本社会への貢献を高く評価している。あの当時、行政が介在する、過疎の村への、こうした「移民花嫁」に対しては否定的なとらえ方が大勢であった。「花嫁の商品化」という視点である。『アジアから来る花嫁たち』ではその巻頭に、さまざまに指摘されている現状の問題点を認識したうえで、未来に積極的な意義を見いだそうとする「可能性としてのアジア人花嫁たち」(滝本洋平)という論文を掲載している。地域の国際化、多様な価値の尊重、民衆レベルの異文化交流、閉鎖社会から開放型社会へ、などの意義である。「佐竹=2016」からは、そうしたプラスの側面はすでに地域に根づいているような印象を受けた。刊行当時、東京の自然派志向の某書店に営業したおり、移民花嫁を「可能性」としてとらえる本書の姿勢を「ウサン臭い」と拒絶されたことを思い出す。雨後の竹の子のように乱立し始めた結婚ブローカーの片棒を担ぐ輩と思われてしまったのだった……。

16/03/08


漂流怪人きだみのる
大阪自由大学通信3月号が届きました。
●岩波新書のアンコール復刊『モロッコ』(山田吉彦・初版1951年)を買ったら、〈流浪の作家「きだみのる」 彼が見た植民地の姿とは〉という帯文が目に入った。んっ、山田吉彦=きだみのる!? あの、「気違い部落」の…?
『気違い部落周游紀行』(冨山房百科文庫・1981年)を探し出してぱらぱらめくると、巻頭の「解題」で、米山俊直氏が「山田吉彦」のこと、「モロッコ紀行」のことをちゃーんと案内してあった。この本、買っただけで読んでなかったのかな(こんなのばっかり!)。ともあれ、ひとつ賢くなったわい。…と、こんどは、嵐山光三郎著『漂流怪人・きだみのる』(小学館・2016年)という本の刊行を知った。なんだかよくわからないが、「きだみのる」回顧ブームなのか…。早速入手し一読。おかげで、「モロッコ」「気違い部落」の流れがよーくわかった。さらにはへーっ、そうだったのかという、びっくりの事実の連続だった。周知のことなのかもしれないけれど以下記す。
 きだの放浪の旅に連れられて、小学校にも通っていなかった娘を三好京三が養女として引き取る。当時三好は作家志望の小学校教員であった。その後(きだの死後)、三好は小説『子育てごっこ』を発表。きだみのると娘をモデルにした小説である。きだは人間失格の、醜悪な老人として描かれ、娘のほうは傲慢で可愛げのない子どもとして登場する。この作品で直木賞を受賞し、念願の作家デビューとなった。しかし三好と娘とのあいだの確執やら不信が表に出てくるにつれ、格好の週刊誌ネタとなって世間を騒がせる。そういえば、週刊誌の見出しに「直木賞作家・三好京三」という活字がスキャンダラスに踊っていたことをぼんやりと思い出す。80年代半ばのこと。

16/02/27
「大魔王のお笑い神話(3月号)」をアップしました。
●トラベルミトラの大麻氏より講演の案内が届きました。「インドを学ぶ(プルニマ会の集い)故古坂紘一先生を偲ぶ会」です。3月12日(土)午後です。

16/02/21


子規の宇宙
●『図書』1月号(岩波書店)に「詩の愉しみ方」というタイトルで、詩人の谷川俊太郎さんと工藤直子さんの対談があった。そのなかで子規の「いくたびも雪の深さを尋ねけり」という句の解釈について、病床にある子規の状況をふまえて読む必要があるのか、あるいはそんなことを知らなくてもいいのか、との工藤氏の問いに、谷川氏は自由に解釈したらいいのではと答えている。「子規は寝込んでいるからどこへも行けない、自分が知らない土地からの便りに接すると、今そこでは雪が降っているのだろう、と想像する。だから雪は深いのか、どうなのか?と訊いている」と。うーん、これだとスキー場の雪の深さを尋ねているみたい。子規29歳、明治29年の句。その年、脊椎カリエスと診断され、ほとんど寝たきりである。まさに「病床六尺」に蟄居している。東京・根岸の家。寝間の障子を隔てた向こうには雪が降っている。庭にどのくらい雪が積もったのか、自分で起きて確かめることさえかなわない。好奇心旺盛な子規が何度も何度も、看病に当たっている妹の律(あるいは母の八重か、弟子の虚子かもしれない)に「どのくらい積もった?」と問いただしている。遠く離れた地方の雪などではなく、ほんの数メートル先の、庭の雪。それが自分の目で見られないもどかしさ。長谷川櫂氏の『子規の宇宙』(角川選書)に「文学者は嘘を天職とする人々なのだが、正岡子規は(略)事実を文学にしようと企てた」とあった。そして子規が求めた「即事」という手法は、「写生という方法さえ超越した子規の生き方にほかならなかった」。であれば子規の句は、読者に自由な解釈が委ねられているとはとても思えないのだ。やはり病床の子規を知るべきだろう。読者を拘束する、こうした「不自由さ」はあってもいいんじゃなかろうか……。

16/02/14
●今年も「スリランカ料理を楽しむ会」が催されます。自由参加で、申込などは不要です。集まって、ただカレーを味わうといったもの。お気軽にご参加ください。
・日時:5月3日(火/祝)11時45分〜13時30分
・場所:スリランカレストラン「マータラ」
 徳島市城東町2-1-31(城東大橋西詰北側)電話088-678-6937
●前回アップした近著探訪第39回で日銀のマイナス金利をGood job!と評してしまったがその後、経済指標はとんでもない数値になってしまっている。いやはや、軽率でお恥ずかしい。ところで、そのコーナーで取り上げた『この経済政策が民主主義を救う』(松尾匡著・大月書店)では、提言する経済政策が、いわゆる右派・保守である安倍首相の第一と第二の矢(金融緩和・政府支出の拡大)と同じであった(いや、それ以上に、著者の求めるところは、政権が推し進めているものに比べて、質量ともにもっと過激!?)ことから、左派・リベラルの著者として、立場上誤解を招かぬよう、ずいぶんと気を遣いながら論を展開されているなあとの印象をもった。版元が老舗左派系の大月書店であることからして、著者の立ち位置を担保してくれてはいると思うけれど。ともあれこのあたりの事情が松尾ファンの一読者としては興味深いところではあった。さて、さて、そうした右派・左派の関係においておもしろい記事があった。題して「日本の経済政策は、なぜ右派と左派でねじれているのか?」(Newsweek日本版)というもの。現下の日本では、右派がリベラルな経済政策をとり、左派が保守的な経済政策をとる。国際標準では、お金をたっぷりと流していくことで景気浮揚を目指すのが、左派がとるリベラルな政策で、公共投資を抑制し財政規律を優先するのは保守がとる政策。日本と世界とでは政策と思想的立ち位置がちょうど逆になっているんですね。ということで、本書の内容は、世界標準で経済政策を考えることがデフレ脱却ヘの道であること、決してアベノミクスをヨイショするものじゃないよ、というものであった。私のばあいは、右派でもなく左派でもなく、ただたんに馬鹿の一つ覚えよろしく、「デフレにはケインズ」と教科書どおりにとらえているだけ。昨晩、NHKスペシャル「司馬遼太郎思索紀行」を見ていたら、「無思想の思想」という、明治の日本人を評した司馬さんの言葉が紹介されていた。おっ、これはいい! 飛びついてしまいました。「普遍」を強く求める姿勢といったらいいのでしょうか。平たく「職人気質」といいましょうか。経済政策は、今は亡き野坂昭如さんが唱えていた「右も左も蹴っ飛」して、イデオロギーとは無縁にテクニカルな理路(経済学の巨人が教えるところ)に従って粛々と遂行していくことが、結局は多数の幸福につながるように思うのであります。

16/01/31
「大魔王のお笑い神話(2月号)」をアップしました。シク教のシリーズは今回が最終回です。次号から新しいネタになります。ご期待ください。
●過日、立命館大学・松尾匡先生の新しいご著書が版元の大月書店から送られてきた。松尾先生、いつもありがとうございます。早速に拝読。左派リベラル派の著者がその立場から、喫緊とるべき経済政策の要諦を提言した一書です。副題は「安倍政権に勝てる対案」。夏の選挙までに読んでおこう。近著探訪第39回『この経済政策が民主主義を救う』(松尾匡著)で紹介しております。

16/01/11
「大魔王のお笑い神話(1月号)」をアップしました。
●今年初の山歩きに昨日摩耶山に行ってきた。JR新神戸駅裏側から山に入っていって、市ヶ原を経由して稲妻坂、天狗道を抜けて掬星台(頂上)まで。ガスバーナーを持参してお湯を沸かしてお昼はカップヌードル。これがめちゃくちゃおいしい。食後はインスタントコーヒー。これまた最高。これを楽しみに最近は山歩きしているといえるほど。下山は青谷道でJR灘駅へ。5時間ほどかかった。へとへと。やっぱり摩耶山は大きい。

16/01/01
●あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
「全国観るなび」(日本観光振興協会)で、「初日の出」ランキング全国1位の兵庫県加古川市の高御位山山頂(304m)から初日の出を拝んできました。午前6時の登山道は数珠つなぎで渋滞気味。頂上は人、人、人で大混雑。おまわりさんも交通整理に忙しそう。名物の断崖の岩場は滑落が恐ろしくて近寄れない。安全な場所を確保してご来光を望んでいると小さく鳥のようなものが見えた。徐々に近づいてくるにつれ、かすかにエンジン音が聞こえる。背中にファンを背負ったモーター付きパラグライダーが1機、こちらに向かって優雅に飛んでくるのだった。ご来光を拝んでいるはずが、なんだかパラグライダーのおっちゃんを拝んでいるような変な気分である。山頂を周回して去っていった。

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