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24/02/19 第3回『文庫・新書でふりかえる「鶴見良行の世界」』をアップいたしました。

24/02/07 インドの大魔王「お笑い神話(2月号)」をアップしました。
ちょいヨミ ななめヨミ 本のはなし『ガザとは何か』をアップしました。

24/02/03 大阪自由大学通信(2月号)をアップしました。
●城島充氏による「サンケイ」(夕刊)紙上での「スポーツ森羅万象」好評連載中です。
これまでの記事を下記にリンクして一覧にしますのでどうぞご一読を。
第1回:「大阪五輪」恩人が描いた夢 万博会場は「海上五輪」の舞台だった
第2回:知らなかった 水谷隼16歳の覚悟 「僕はすべてを捨ててドイツに来た」
第3回:120%、沖縄のために戦った」ヒーローの実像にふれて生まれた葛藤 具志堅用高
第4回:「武蔵野のローレライ」上原久枝さん「世界のオギムラ」支えた献身
第5回:朝青龍「私が日本人だったら…」横綱の品格とは「反逆児」の葛藤
第6回:岡山のジム初の世界王者誕生 ローカルジムで紡がれた拳の絆

24/01/23 第2回『文庫・新書でふりかえる「鶴見良行の世界」』をアップいたしました。

24/01/09 インドの大魔王「お笑い神話(1月号)」をアップしました。
大阪自由大学通信(1月号)をアップしました。
ちょいヨミ ななめヨミ 本のはなし『ヴェネチィアの宿』をアップしました。

24/01/04 ●本年もご愛顧のほどお願い申しあげます。能登大震災、日航機炎上と大きな惨事に見舞われ、たいへんな幕開けとなりました。被災された方々にお見舞い申しあげます。
『文庫・新書でふりかえる「鶴見良行の世界」』(庄野護著)の連載が始まります。

23/12/30 ●ぎりぎりになってやってしまった!このページ・ファイルを編集してるところで知らないうちに11月以前のデータのほとんどを破損・消失してしまい、間の悪いことにそのことに気づかないままWebサーバー上にあるファイルに上書きしてしまった。というわけで2023年3月から11月上旬までの内容はなくなってしまいました。ご諒承ください。「こまった、こまった」と嘆いていたら家人から「誰も困っていないはずよ」と断言され、たしかにそういうものかなとも思い直している。うん、たしかに困らない。でも万一気になる方がいらっしゃれば秋に刊行いたしました『哀愁のコロフォン』に7月ごろまでのものは一部収録しておりますのでご購読いただければ幸いです。
●今年も何かとお世話になりありがとうございました。それではよいお年を!

23/12/28 ●昨晩発信の元(はじめ)正章牧師からの月刊「益田っこ通信」に添えられたメールの一文に声を失った。大橋愛由等氏が25日朝方、脳梗塞で亡くなったという。68歳。病気とは無縁の、エネルギッシュな印象しかない。信じられない思いだ。「津川雅彦ばりの美男子で、神戸のダダイスト、風狂の歌人……、スペイン料理カルメンの店主にして、出版社まろうど社社主のほか、彼の足跡を挙げれば、他にもいろんなことで活躍していた」(元氏)。そう、ほんとうに多才な人だった。かつて私がかかわっていた「大阪編集教室」という学校ではライティングの講師を2002年から10数年間引き受けてもらった。直近でお会いしたのは、一昨年の夏、元牧師の帰省に合わせて催された、阪急六甲の中華料理屋さんでの酒席であった。いつもの談論風発ぶりだった。たしか御尊父が在籍されていた、満洲国の建国大学の話題であったように記憶する。今夏も元氏と大橋氏の「カルメン」で一献の予定であったが、これは事情あって流れてしまった。今となって思えば残念なことであった。ご冥福をお祈りします。

23/12/04 インドの大魔王「お笑い神話(12月号)紅葉の小径を独り歩け」をアップしました。

23/12/01 大阪自由大学通信(12月号)をアップしました。

23/11/28
●神戸サンボーホールという、貿易センタービル横のイベントホールで例年実施されていた古本市(去年は中止だった)が、今年は場所を変えて、「第一回えべっさん古本まつり」と銘打って西宮神社の境内で開催された(11月23日〜27日)。死ぬまでかかっても読み切れないほどの積ん読状態にあり、もうそろそろ落ち着いて一意専心読むほうに注力すべき年齢なのに「古本市」と聞けばそわそわしてしまう。批評家の若松英輔氏が愛書家を「読書家・購書家・蔵書家」に分類して論じている記事(日経、2023.10.21)を目にしたが、そこで使われていた「購書家」という呼称が印象的であった。ともあれ、初日の23日、えべっさんに向かった。20店舗あまりの出店で、お天気もよく、サンボーホール時代よりもお客さんも多くて賑やかな印象であった。その夜の主催者のSNSには、初日のまとめとして「大盛況であった」「新たにかなり補充した」という文言が並んでいた。そうか、新たな補充がなされたのか……。であればもういっぺん行ってみようか、ということで25日、再びえべっさんへ。ふつうだったら、大人しくシンボーする。さすがにもういっぺんとはならない。ならないのだが、初日に買った、徳永康元『ブダペスト日記』(新宿書房、2004)に影響されてしまったのだと思う。著者の徳永康元氏(1912-2003)は、戦前にハンガリーに留学されていた言語学者。文化人類学者の山口昌男氏は、著者のことを、酒の世界の酒仙になぞらえて、本の世界の「書仙」と呼んだ(坪内祐三「徳永康元さんの思い出」本書所収)。高名な愛書家であり、国内外の古書事情に精通したエキスパート。その著者と、先の山口氏との対談(「古本漁りはパフォーマンス」)が本書に収録されており、そこに徳永氏のつぎのような発言があった。「(略)年をとると、本集めは、かえってやめちゃいけないといいますね。九十になっても、死ぬ二、三日前まで買ってたという人が、幾人もいますよ。そういう人は、頭がちゃんとしているね。やめちゃった人はだめだ。(略)」だって。これでシンボーがきかなくなってしまったか……。

23/11/20 ●ノンフィクション作家の城島充氏より古巣の「サンケイ」(夕刊)で連載(月2回)をはじめた旨の案内をもらった。第1回は〈「大阪五輪」恩人が描いた夢 万博会場は「海上五輪」の舞台だった〉。2025年大阪・関西万博に向けて工事が進められている、ここんところ何かと話題の人工島(夢洲)は、かつて2008年開催の夏季五輪の会場予定地であった。城島氏自身の人生の岐路において多大な影響を及ぼした、今は亡き恩人(当時の大阪五輪推進部長)の思い出とともに、その招致活動の舞台裏が語られる(予定?)。四半世紀前、「大阪五輪」が云々されていたことは私の記憶からはとっくに消えてしまっていた。「かつて同じ人工島にまったく違う大阪の未来図を描いた人物がいたことを一人でも多くの人に伝えたい」と城島氏はしるしている。

2023年3月から11月上旬までのあいだのデータを破損・消失してしまいました。ご諒承ください。

23/02/27 鶴見良行私論第Ⅳ部「ベトナムからの手紙」をアップしました。

23/02/17 ●たまたま手元にあった岩波書店のPR誌『図書』を眺めていたら「大流行による惨劇から一〇〇年」と題した、田代眞人(ウイルス学)という方による「スペイン・インフルエンザ」の記事が掲載されていた。1918年から19、20年にかけて猛威を振るった、このインフルエンザの世界的流行(スペイン風邪)では、当時の世界人口の3分の1にあたる、約20億人が感染し、死者は2千万人とも1億人ともいわれ、正確なところはわかっていない。というのも第一次世界大戦の最中で、参戦国の感染事情は秘匿され、そのため当時中立国であったスペインからの感染状況が悪目立ちしてしまい、「スペイン」というありがたくない冠がついてしまったという話をどこかで読んだ。さて、この記事で紹介されている、パンデミック下の世界大戦にまつわるいくつかのエピソードと、その後の歴史への影響を述べたくだりが興味深かった。連合国・同盟国ともに戦力の消耗は激しく(戦死者1000万人に対して参戦国のインフルエンザによる死者数はそれ以上)、「パリに迫る西部戦線では、ロシア戦線から戦力を転用したドイツ軍の最終攻撃は中止」され、「それがドイツ降伏の原因ともいわれる」。パリ講和会議では、ドイツへの賠償金請求をめぐって、強硬派のフランスと、穏健派の米国ウイルソン大統領が対立。会議中にウイルソンと英国の首相ロイド・ジョージがインフルエンザに感染してしまう。一命を取り留めたウイルソンは、「精神神経症状を呈して思考・意欲が低下し、病床でフランスによる強硬な講和条約案に無気力の状態でサインしたと伝えられている」。結果、巨額な賠償金を課されたドイツの経済は破綻し、世界はパンデミックによる労働力不足で経済復興もままならず、ほどなく大恐慌に突入してゆく。疲弊した民衆はファシズムの台頭を許し、その流れは第二次大戦へと向かい、さらにその延長線上には、アウシュビッツや、沖縄・広島・長崎などの惨事が歴史に刻まれていくこととなった、と述べる。歴史への負の刻印である。かつてヨーロッパを席巻した黒死病(ペスト)はその中世を終わらせ、近代の幕開けへと繋げたといわれる。これなどは肯定的な評価でもって捉えられるパンデミックの刻印といえるかもしれない。はたしてこのたびのコロナ・パンデミックからはどんな歴史が紡ぎだされ、そして将来どのような刻印がなされるのか……。残念ながら記事には、そうした論考はなく、コロナの「コ」の字も言及がなかった。あれれっと表紙を見直すと、それもそのはず、これは、な、なんと2019年2月号の『図書』であった。コロナ禍勃発のちょうど1年前の刊行である。記事の後段は、「スペイン・インフルエンザを超える最悪のパンデミックの発生は時間の問題」と警鐘を鳴らす、インフルエンザ学者R・ウェブスターの自伝的著書『インフルエンザ・ハンター ウイルスの秘密解明への100年』(新刊、岩波書店)の一読をすすめるものであった。「ウイルスの驚異的な存在様式、将来への教訓と問題提起」が平易に解説されている由。厚労省の関係者や、感染症対策専門家会議のみなさんは、これ、読んでくれていたかなあ?

23/02/11 鶴見良行私論第Ⅳ部「サイゴンの6日間」(1)をアップしました。

23/02/03 大阪自由大学通信(2月号)をアップしました。
インドの大魔王「お笑い神話(2月号)をアップしました。

23/01/25 ●メインにしているパソコンがついにうんともすんとも言わなくなってしまった。ここ数年起動にさいして、ふつうには立ち上がってはくれない状態にあった。いったんコンセントを抜いて、数十秒間電源を完全にシャットアウトしておいてからコンセントを挿しなおし、さらにそのまま数時間放置させたのち、おもむろに電源ボタンを押すと立ち上がってくれた。すでにかなりいかれていたのである。それがまったくの無反応になってしまったのだ。ついに来てしまった! 幸い、同じOS環境の機械をほかに2台用意していたので急場はしのげる。だけどメイン機に比べると、サクサクした動きに欠けるところがあって、作業効率がぐんと落ちてしまう。ストレスフルである。悩みに悩んだすえ、PC店の修理窓口に持ち込んだ。2002年発売のPowerMac G4(MDD)だから20年以上使ってきたことになる。当然使われている部品やユニットの製造はとっくの昔に終了しており、中古機から部品どりしたものを組み込むしかない。Win関係の修理費用は明細ごとに掲示されていて明朗会計だが、Apple社製にかんしては応相談というやつ。部品にしても時価となっていて、言い値を受け入れざるを得ない。結局、電源ユニットを交換し、2枚装備していたハードディスク(HDD)も交換となった。HDDの一つはパーティションを切って2区画にOSをそれぞれインストールしていたのであるがそれもそのまま復元。ほか筐体内の積もりに積もった20年間の埃をきれいに落としてもらい、データもアプリも完全移行してもらった。新品の小さなコンピュータが買えるくらいの費用になってしまったが、よみがえってくれた機械を前にして喜びのほうが大きい。この環境でないと、DTP関連のソフトや周辺機器が動いてくれないのだから仕方ないのだ。お店の女性が「これからも長く使えますよ」と送り出してくれた。さらにもう20年行けるであろうか。いやいやこっちの寿命を心配しなきゃならないな。

23/01/19 近著探訪第55回『天路の旅人』をアップしました。

23/01/07 大阪自由大学通信(1月号)をアップしました。
インドの大魔王「お笑い神話(1月号)をアップしました。

23/01/02
●あけましておめでとうございます。本年もおつき合いのほどよろしくお願い申しあげます。
●アラビア語のレッスンで昨夏より読み始めたガッサーン・カナファーニーの「オレンジの大地」も昨年末でようやく最終の数行を残すのみとなった。日本語版にしてわずか8頁ほどの短編を半年かけて読んできたことになる。発見だったのは、あちらの文章の特徴なのか、ひとつの文が何行にもわたってとてつもなく長いことだ。日本語だったらそこに三つ四つの句点を入れるべしと指導が入りそうなほど。文章のあとをカンマで区切って、そのあとに分詞構文で状況説明文をいくつもいくつも連ねていく。訳しているうちにもともとの主節が遠くにかすんでしまって、言いたかったことはなんだったの?ってな具合になってしまう。贅肉を削ぎ落とし簡潔を旨とする日本語とは真逆の、デコラティブで過剰で粘着性の文章が名文と賞されるのだろうか。先生によると、フランス語もそのような傾向があって、「ル・モンド紙」の記事なども一文がくねくねとしてとても長いそうだ。そのことがインテリの文章として評価される由。ユーラシア大陸の西のほうではそういった文章が好まれるのかな。湯川豊『須賀敦子を読む』(新潮文庫、2011)に、須賀の「息が長く、ゆったりしている」文章についてこう評する下りがあった。「過去という思念の中に分け入っていくのに、読点を多用して記憶をまさぐるようにどこまでも折れ曲がっていくこうした文章がふさわしい、(略)プルーストの大長編で私たちはそのことを知っている」と。須賀は31歳(1960)から41歳(1970)までのおよそ10年間をイタリアで生活し、後年60歳を過ぎて、30年以上前のイタリア時代のことを回想する作品を次々と発表して作家となった。「読点を多用して」「どこまでも折れ曲がっていく」文章スタイルが遠い昔の記憶をしるす内容にかなっていると評価するのだけれど、おそらくは、イタリア語の文章スタイルからの影響ではないかしら。プルーストだってフランス語ゆえのことではないのかなと思うのだが。

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