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日 付 更新履歴・お知らせ・独り言・ぶつぶつ…のようなもの
12/12/23

アールイーの新井さんが1年ぶりに来阪。「スリランカ」がらみの書籍を活発に出版されている版元さんである。東京・代々木公園で毎年秋に開催されるスリランカ・フェスティバルではウチの刊行物もアールイーさんのブースで販売してもらっている。このたび6月に刊行された『スリランカ シンハラ語』をいただいた。シンハラ語学習書です。シンハラ活字が美しい。レイアウトもすっきりして、見やすい仕上がり。Amazonのページはこちら
●久しぶりにスリランカ本を出します。タイトルは『子どもと旅するスリランカ』(川上枝里子著)。ファミリー旅行先としてスリランカを提案します。「小学生のための、自然とふれあう南の島。ママといっしょに遊んで学ぶ」が帯文。「子どもと楽しむ」「子どもが楽しむ」という角度から選び出したスリランカの魅力をたっぷりと詰めました。ママならではの、子連れ旅行の「コツとツボ」も開陳。2月初旬の刊行予定です。刊行案内をご覧ください。
●小舎刊『タミル語入門』(K.ジョイ/袋井由布子著)がおかげさまで3刷になりました。ありがとうございます。

12/11/10 ●旧著探訪第22回『海・呼吸・古代形象』をアップしました。
●前回『戦後史の正体』が大手新聞紙上で書評のひとつも書かれていないと記したが、その1週間後の9月30日、朝日新聞で掲載された。評者はジャーナリストの佐々木俊尚氏。本書の内容を「すべては米国の陰謀だったという」「典型的な謀略史観でしかない」と総括したもので、的外れな印象を受けたが、案の定、著者と新聞社のあいだで一悶着あったようだ。貶めるための書評というものはあまり上等ではないだろう。
●貶めるといえば、橋下市長の出自を云々した週刊朝日の記事。佐野眞一氏率いる取材チームによるものであったが、『ちくま』11月号(筑摩書房)でも「人間のクズ」というタイトルで、日本維新の会旗揚げパーティーの様子を佐野眞一がルポしている。差別表現はさすがにないものの、週刊誌記事と似通った表現が随所に見られる。ひとつあげると、「橋下はテレビカメラが回るとわざとらしい作り笑いを浮かべる」が、「カメラが回っていないと、たちまち素に戻って暗い顔になる」という下りから、「この男は裏に回るとどんな陰惨なことでもやるに違いない」と締めくくる。両記事に書かれた、一字一句違わない一文である。「違いないだろう」「違いないと思える」ではなく「違いない」という断定。佐野の煮えたぎる情念をかいま見た思いがした。私も人前では愛想よく振る舞うほうであるが、ひとりになって素に戻ると、暗い顔になる、らしい。ふいに人から「何、怒ってんの?」と声をかけられ我に返る。「暗い顔」と思われる顔が、私のふつうの顔なのであるのだけれど、これからは気をつけようと心した。「どんな陰惨なことでもやるに違いない」なんて決めつけられたら、わたし、生きていけないもんね。

12/09/22

●旧著探訪第21回『女が学者になるとき』をアップしました。
●過日手にした『戦後史の正体』(孫崎享著・創元社)は衝撃的な1冊であった。著者は元外務省情報局長。戦後史を米国隷属路線と自主独立路線のふたつの路線から検証しようというものである。外交公文書や外交メモ、内外政治家の回想録、マスコミ報道などを渉猟して、「米国からの圧力」をとらえなおす。「日本は米国の属国である」とする物言いは耳たこであるが、まさに戦後史はそれ以外の何ものでもなかったことが
白日の下にさらされた。そこまでの圧力があったのか……というのが正直な印象である。いちばん氷解したのは、東京地検特捜部がGHQの出先機関「隠匿退蔵物資事件特捜部」が前身であったという、その素性を知ったとき。GHQのために「お宝」を見つけ出す特別の捜査機関であった。GHQの占領が解かれたあともその役目は変わらない。今も、である。地検特捜部が大物政治家の捜査に乗りだすと、マスコミ各紙は「巨悪を暴く」といった文言で喜々としてスキャンダラスに報道する。読者の劣情を刺激するやり方で。あげく幾人もの政治家が失脚していった。米国の意に沿わない政治家の末路である。特捜部は強大な国家権力そのものなのに、ほんらいそのチェック機能を果たすべきマスコミが、こぞって特捜部を「正義の味方」として持ち上げ、特捜部に追随していく姿勢に強い違和感をもっていたのだが、はたしてマスコミも同じ穴の狢であった。米国政府の思惑に乗っかった、陰の立て役者であったわけだ。本書は、ネット上では話題騒然といった状況を呈しているし、ほとんどの本屋さんではこれでもかッというほど山積みにされている。すでに実売十数万部を超える。しかし大手新聞紙上に書評は出ない。黙殺状態。唯一共同通信の配信で地方紙の文化面に紹介された程度である(評者は元「噂の真相」の岡留氏)。朝日新聞に至っては本紙ではなく英字紙紙面に紹介記事を掲載したようである。なんじゃそれは!

12/08/19

●近著探訪第26回『新しい左翼入門』をアップしました。
●スリランカをフィールドにしている写真家・廣津秋義さんから、奥様が描かれた絵本『うでわうり』(プンニャ・クマーリ著・福音館書店)をいただいた。奥様はスリランカ生まれ。内容は、仏教説話集「ジャータカ」からの一話。正直者と嘘つきの、ふたりの腕輪売りの、勧善懲悪物語。小学校低学年向けではあるのだけれど、殺伐とした日々を送っていると、こうしたシンプルなストーリーがこころにしみ込んできます。大人にとっての絵本の効用といった切り口で、大人向け絵本ガイドを誰かつくってくれないかな。
●話題の「ロング・ブレス・ダイエット」にはまっている。美木良介さんのDVD付きの本も買った。3秒で息を吸い、7秒かけておへその下の部分、臍下丹田というあたりを意識して息を絞り出すように強く吐く。時間があれば、スー、ハッハッハッを繰り返している。電車を待つホームでも気づかれないように、こっそりとスー、ハッハッハッである。おかげで、家人から不気味がられていたお腹まわりのプルルンが、気のせいかすこしとれた。

12/07/22

南方特別留学生ラザクの「戦後」
新刊のご案内:『南方特別留学生ラザクの「戦後」─広島・マレーシア・ヒロシマ─を刊行しました。ぜひお手元に。著者・宇高雄志先生(兵庫県立大学)ホームページにも案内がありますのでご参考までリンクします。
立命館大の松尾匡先生から新刊『新しい左翼入門』(講談社現代新書)をいただきました。私、松尾先生の熱烈な一読者であることをこのちいさなサイトでここ数年公言しているのですが、以来ご著書をお送りいただくようになりました。恐縮です。ありがとうございました。以前、文春新書あたりから出るといいなあ、としるしたことがあったのですが、ついに新書スタイルでの刊行です。「講談社現代新書」。なるほど。つきづきしい。文春じゃないですよね、感覚的なものですけれど。早速読ませていただいております。詳しくは次回に。
●一昨日、大阪編集教室OBOG会主催の「ビジネス交流会」があった。幹事の新くん、お疲れ様でした。メンバー間でお互いのニーズを交換し合って仕事を創造していくという、初めての試みだったけれど、成功でした。具体的な喫緊の案件をもって参加していた人もいましたし。当方、2次会で飲んだくれてしまってきちんとアナウンスできなかったのですが、イラスト(微に入り細をうがつ、どっぷり具象テースト)が描ける人、探しています。よろしくお願いします。

12/07/08


『REPO』夏号
●今月下旬に『南方特別留学生ラザクの「戦後」』を刊行します。1944年、マラヤから広島文理科大学(現・広島大学)に留学したアブドゥル・ラザクを通して、マレーシア・広島の「戦後」の足跡を検証する一冊です。ラザク氏は現在87歳。広島で被爆。祖国マレーシアでマレー語教員の養成に尽力し、さらにマハティールの掲げる「ルック・イースト政策」のなかで、日本に留学するマレーシアの、多くの若者たちに日本語教育をオーガナイズした教育者です。ラザク氏からさまざまな証言を得ながら、「廣島・広島・ヒロシマ」の三つの広島を考えます。著者は兵庫県立大学環境人間学部准教授の宇高雄志氏。中国新聞紙上(2008年7月10日朝刊)で「元南方特別留学生 マレーシアからヒロシマ見守り続ける」と題した、著者のコラムがありますので、参考までリンクします。
●南さつまの写真家・松元省平氏より第4次写真誌『REPO』第10号(2012夏)が届く。REPOが届くと、季節が変わったことに気づかされる。夏到来。週末、豪雨に見舞われたが、今日は、天気予報も大はずれの、くっきりとした、夏の日差し。
●旧著探訪第20回『日本人のためのイスラム原論』をアップしました。

12/05/23 ●近著探訪第25回『イラン人は面白すぎる!』をアップしました。
●「イラン」ついでに。テキサス・レンジャーズに所属する、話題のダルビッシュ有選手の「ダルビッシュ」はペルシャ語の「ダルヴィーシュ」。イスラム神秘主義者とよばれるスーフィー教団の「修行僧」のことを意味するのだそうだ。彼の祖先のひとりに敬虔な修行者がいたのだろうか。「有(ゆう)」は訓読みして「あり」で、シーア派初代イマームの「アリー」だとか。
●訃報:4月10日に小林宏行氏が亡くなられた。81歳だった。毎日新聞編集局次長(大阪)を経て、定年後は岡山理科大で教鞭をとっておられた。私にとっては、大阪編集教室の「校長」として教室運営でたいへんお世話になった。広島の中学生だった小林少年が原爆投下の朝、かいがいしく世話をしてくれた祖母に「ありがとう」のひと言が言えず、それが今生の別れとなってしまったことを終生悔いておられた。少年特有のテレだったのだろう、「暑いのに、ご苦労さんやな」と、学校に出かける小林少年の背に声をかけたお祖母さんに、ムスッと返事もせずに出かけてしまった……。「ことばを惜しむな」。小林先生がいつもおっしゃっていたことです。ご冥福をお祈りいたします。「小林宏行研究室(こばけん)」のページはいまもあります。

12/04/08


かんれい紗1号
●先月、20数年ぶりに「神戸アジア会」の招集を受けた。メンバーのひとり、U氏がタイに移住する由、その送別会だった。60歳の定年まで数年残してリストラを受け、100社以上の会社訪問をこなすが功を奏せず。知り合いのタイ人ですすめで現地の会社に職を得、これからの人生をバンコクで送ることとなったのだ。神戸アジア会で、アホばっかりして遊んでいた頃はみんな20〜30歳代。知らないうちにずいぶん時が経ち、今ではメンバーも50歳以上ばかり。当時、想像もしていなかった老齢の域に達し、よりによって、これまた想像もしていなかった青息吐息の厳しい時代を生き抜いていかなきゃいけないのだ。と、感慨にふけっていると、「これ、新しい嫁サン」とU氏のケイタイの待ち受け画面を見せられた。「23歳のフィリピン人と結婚することになった」だと!「奥さんは?」「離婚したんよ」「娘さんはどうしたん?」「仕事してるよ。もう25歳やからね」。20年以上前の幼児だった頃のイメージしかないものだから話がスムーズに進まない。「ということは…、娘より若い嫁サンちゅうことになるやんか!」「ふ、ふ、ふ」とうれしそうな顔。「移住」というか、正確には永住のようである。人間到る処青山有り。U氏の新しい人生に幸多かれ。
●大阪編集教室OBOG会発行の『かんれい紗』創刊号がようやく出来上がりました。特集は「わたしの、この1冊!」。希望者は大阪編集教室までお問い合わせください。
●事務所が移転しました。新住所は、〒561-0872大阪府豊中市寺内2-3-8-602(電話06-6867-1223、FAX06-6867-1224)です。

12/03/10 ●近著探訪第24回『動的平衡2』をアップしました。
●今月末に事務所を移転します(次回報告します)。引っ越しは学生時代に2回、サラリーマン時代に3回の経験があり、お手のものであったはずなのに、整理が遅々として進まない。この事務所に入ったのが、平成元年。24年間、積もりにつもった垢はなかなかエイヤッと捨てられない。絶対といっていいほど不要なものに「ときめいて」しまう。片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんからアドバイスを受けたいものだ。ゴミのようなものにときめいてしまう輩の整理術とは。手伝ってくれている嫁サンがなんでもかんでも捨てることに快感を覚える性格なので、とりあえずは前進している……。

12/01/26 ●近著探訪第23回『日本は悪くない』をアップしました。

12/01/01


ティープリーズ
あけましておめでとうございます。本年もどうぞご愛顧のほどを。
●昨年末、『ティー プリーズ』を刊行いたしました。紅茶界の直言居士、Mr.TEAこと堀江敏樹氏が元祖・紅茶屋の矜恃をもって、巷に溢れる奇妙キテレツな紅茶文化を一刀両断します。「英国式アフタヌーンティーに憧れている方にも、ペットボトルの紅茶しか飲まない方にも、紅茶なんてそもそも興味のない方にも、ほんとうの紅茶のことを知ってほしい」と、フェイクな、日本の紅茶事情にもの申す一書です。ぜひお手元に。
●毎度のことながら年末はバタバタしてしまって、結局はTime Up。時間切れで仕事を積み残したまま越年。クリスマスにはぎっくり腰で歩くにも座るにも困難を極めることになってしまった。さらにはレーザープリンターは壊れるし、インクジェット式のほうも突然ガラガラ、ガッチャーンと不快な音をたてたが最後、うんともすんともいわなくなってしまった。いやはやさんざんであった。唯一、ティーハウスムジカで先行販売した新刊『ティープリーズ』が絶好調であったのはとてもうれしい。今年はいい年になりますように。

11/11/15


大麻豊著(ふうや内観研修所)
●「インドの大魔王」こと、トラベルミトラジャパンの大麻豊氏より『心と水』(ふうや内観研修所)という講演録をいただいた。エゴとアートマンを、泥水と蒸留水のたとえでやさしく解説してくれています。信貴山の戒壇巡りを通じて腑に落としたという、意識(心)が在ること、物を知ることは過去のことを知ることである、は目から鱗でした。機会あればご一読ください。あるいはいきなり戒壇巡りをしてみるのもいいかもしれませんね。大麻さんのことは、『さるのこしかけ』(さくらももこ・集英社)に登場しますので、興味のある方はそちらものぞいてみてください。大麻さんのキャラがよくわかります。
「ラオス・ビエンチャン便り」(庄野護氏)の目次を掲載しました。ご利用ください。過日、そのビエンチャンから帰国した庄野氏と大阪で会いました。一党独裁国家ならではの「党の序列」に基づく身分制社会の実情をレクチャーしてもらった。公務員のアルバイトが認められている社会で、アルバイト経済がオモテの経済より何倍も大きなマーケットになっていることがどうもうまく想像できない。月給1万円であってもアルバイトでその数十倍を稼ぐ。公務員は「第6回」でレポートされているように、ほとんどが党の関係者内のコネ採用。党の中枢に関係する一族郎党(500〜1000家族)だけにおカネが集中する仕組みになっているとか。
近刊案内:現在『ティープリーズ(Tea, please!)』を制作中です。著者はムジカの堀江敏樹氏。日本初の紅茶専門店として著名なムジカですが、自らは「大衆紅茶屋」として、番茶的・ふだん着の紅茶をひろめるべく精力的に「紅茶屋のぶつぶつ」を届けています。本書は店内で発行されているニューズレターを編集したものです。昨今のファッション的・アクロバティックなアレンジティーや、野放図なペットボトル紅茶の氾濫でゆがんでしまった、日本のフェイクな紅茶事情にもの申す一書です。くわしくは次回に。

11/10/08


REPO秋号
「ビエンチャン便り(第6回)」をアップしました。「ラオスにないもの」をテーマに連載してもらっていますが、このたびのお題は「公務員採用試験」です。最終回になります。
●鹿児島の松元省平氏から写真誌『REPO秋号』が届いたと思ったら、ご本人がお墓参りをかねて関西へ。元神戸新聞の粉川氏と3人で久闊を叙す。わが狭い事務所で持ち寄りの酒宴。毎度のことながらそれぞれが好き勝手な話題に終始するが、松元氏・粉川氏はともに団塊の世代。どうしても話題は、「死後の世界」あるいは「お葬式」に落ち着く。書店コーナーでの昨今の宗教書ブームも、団塊世代の大きな関心事が彼岸であるということなのだろう。話題は二転三転して、コンピュータのソフト開発の現場ではインド人が中心的な役割を果たしているから、あちら製のソフトは、日本人が開発したソフトとは発想・思想そのものが根本的な部分で違うようだという発言(誰が言ったのだろう?)を受けて、「いやあゼロを発見したインド人であるから、無であるとか空であるとかの禅の思想に通じるところがあるのでは?」と。酔っぱらいの思いつきでしゃべっているからほとんど確たる根拠はだれも持ち合わせていない。戯言である。「そういえば岩波に『零の発見』というベストセラーがあったけれどあれにはどう書いてあったのかな」。で、後日、書棚の中から探し出しました。表紙・小口がはげしくヤケた1冊。奥付を見ると昭和47年(1972年)版だった。ちなみに初版はなんと昭和14年なんですね。戦前です。びっくりしました。読んだ記憶もきれいさっぱりなく、ぱらぱらめくっていると、「零」と「無」を関連づけたがる風潮があるが、本書は純粋にテクニカルな0を取り扱っていると著者のひと言がありました。0の発見で筆算が可能になり、数学が進歩したという、まったくの「技術上の発見」をしるした本だったのですね。今さらながら気づいたのだけれど、副題は「数学の生い立ち」となっていました。インパクトの強い書名のせいか、読み手の勝手な思いこみで、ゼロと哲学を関連づけてインド人の精神世界を解説した本だとばかり思っていた。ゼロ・無・インド人・哲学。それぞれ親和性が高いですもんね。書名だけで、早とちりしてしまったものが、ほかにもけっこうあるんだろうな。

11/09/24 ●新刊古本を問わず、本屋さん巡りをすることが趣味であったのが、ここ10年近くとんと足が向かない。ほとんどの本はオンライン書店で買うようになってしまった。ネットの便利さなのだろうと長い間思っていた。久しぶりに大型書店に入って腑に落ちた。視力である。近視に加えてここ10年ほど老眼もひどい。読書用近距離めがねから、コンピュータ用中距離めがね、屋外では遠距離用めがねと3種類使い分けている。遠距離用めがねで書店に入る。棚に差し込まれた背の文字に焦点を合わせようとするが、像が結べない。ぱらぱらページをめくると、活字群は霞がかかったようにぼんやりしている。かばんから中距離用めがねを出せばいいのだが、面倒である。李下に冠を正すべきでもない。裸眼で棚に近づく。棟方志功ばりの近接距離である。視野の狭窄感で息苦しくなる。大阪は茶屋町に昨年末できたという日本最大の売り場面積を誇るMARUZEN&ジュンク堂での「発見」であった。
●近著探訪第22回『父が子に語る近現代史』をアップしました。

11/08/08


せんべろ探偵が行く
●過日、大阪編集教室の講師として小堀純さんにご出講願った。ちょうどこのたび文庫化された『せんべろ探偵が行く』(集英社文庫)をいただく。ジャケットのイラストは、中島らもさんが若返っていくのに、小堀さんのほうは白髪が目立ってきたリアリズムである。「せんべろ」とは、蛇足とは思うが、念のため説明すると、「千円でべろべろになるまで酔える店のこと」、あるいは「千円でべろべろに酔っぱらう行為のこと」。いまでは「せんべろ」の語法は、東京にも進出し、一般名詞になりつつあり、第7版の「広辞苑」には項目が立つかもしれないほどの勢いである。授業のあとは、毎度のことながら受講生たちと「せんべろ」に向かう。小堀さんの講義は、授業後の「せんべろ」をもって完結するという、長丁場なのである。らもさんの思い出話を肴に、ぬる燗をゆるりゆるりやっているうちに時間は瞬く間に経ち、私は最終電車めがけてお先に失礼した。
●近著探訪第21回『イスラム飲酒紀行』をアップしました。

11/07/09


REPO 2011夏号
「ビエンチャン便り(第5回)」をアップしました。
●南薩摩の松元省平氏から写真誌『REPO夏号』が届いた。連載コラムの「薩摩のこと(17)」で鹿児島弁にまつわるエピソードが紹介されている。「ネッド」は「寝るぞ」で、「ネド」は「ないぞ」の意味。「かすかに確認できる『ッ』の長さと、間の開け方を理解しなければならない」。戦時中、日本外務省は暗号代わりにこの鹿児島弁を使っていた。アメリカは世界中の部族言語を調べたらしい。米軍の日系二世が鹿児島弁であることを突き止めた。
大阪編集教室公式OBOG会がぶじ発足した。発会式には60名を超えるOBOGのメンバーが集まってくれた。1981年の9期生の方から直近の67期生まで。正式な案内はここ10年内の卒業生だけにしかできなかったが、SNSやらFaceBookなどで情報が広まったようである。ありがたい。式後の懇親会にもほとんどのメンバーがそのまま参加してくれた。OBOGには、教室卒業後、編集・出版・広告の業界で編集やライティングの仕事している人、フリーランスでライターやデザイナーをしている人など、さまざまであるが、これを機にOBOG間で活発な仕事のやりとりが、どしどし生まれていってほしい。

11/06/27


かんれい紗0号
大阪編集教室の公式OBOG会がまもなく発足する。これまでにも各期前後の有志たちによって立ち上げられたSNSやら団体がいくつも存在するが、このたびのOBOG会は在学期を超えた横断的なネットワークを目指している。1977年の第1期生からこれまでのすべての卒業生間をつなぐものである。親睦・交流はもちろん、「情報の交換」「仕事の創造」を目的とした、すこし実務的なネットワークになればと考えている。ぜひ多くの方が入会してくれますように。待ってます。入会申込みは大阪編集教室トップページの右側下に貼り付けてある「公式OBOG会」アイコンをクリックして進んでください。会費は無料です。
●左欄の書影『かんれい紗』は、OBOG会が今後定期刊行していく雑誌として誕生した。今号は「創刊準備号(0号)」で、11月には「創刊号」を刊行予定。
大阪編集教室公式OBOG会の発会式を下記要領でとりおこないます。
◎日時:7月3日(日)午後3時◎ところ:大阪産業創造館◎会費:500円(『かんれい紗』誌代として)。多数のご参加お待ちいたしております。
●近著探訪第20回『ノンフィクション作家がお化けに出会ったら』をアップしました。

11/06/08 「ビエンチャン便り(第4回)」をアップしました。今回は「本が、ない」がテーマ。過日、『本は、これから』(岩波新書)を読んでいたら、池上彰さんもラオスの、特異な本事情に驚きを持って言及していた。
●神戸にあるモスクに行った。昭和10年に建てられたという、日本で最初のイスラム寺院である。絨毯が敷かれた大広間で数名のムスリムの方がお祈りを捧げている。親切なムスリムの方からイスラームに関する本や冊子をたくさんいただいた。そこに案内されていた「イスラーム情報サービス」というサイトはすごくよくできている。ご参考まで。

11/04/29


街道をゆく24
「ビエンチャン便り(第3回)」をアップしました。
●先日、大阪編集教室の取材実習に同行して奈良へ。小学校の修学旅行以来の奈良である。往路、大急ぎで司馬遼太郎さんの「街道をゆく」シリーズの「奈良散歩」に目を通してお勉強し、近鉄奈良駅からひたすら歩いた。
修学旅行生が多い。「なんとみごとな平城京」なんて言いながら3人組の女子高生が前を歩いている。1人が「そういえばさっき〈南都銀行〉ってあったけど、その〈なんと〉かな?」「あっ、そうかあ」。「ちゃうちゃう」とおっちゃんはひとりでつっこみを入れながらひたすら歩く。もともとは、奈良市街のほとんどの部分が、興福寺の境内であったと聞く。今風にいえば広大な大学キャンパス内を歩いているというわけだ。明治初期の廃仏毀釈に迎合した興福寺の僧たちの「あまり上等とはいえない所行」を思えば、今さら「奈良公園を返せ」とは持ち出しにくいであろうと、司馬さんは記している。興福寺を抜け、元興寺を経て、奈良公園を縦断し、東大寺南大門をくぐって大仏殿へ、少し上って二月堂、下って正倉院、そして再び興福寺に戻る頃には足の裏にマメが出来てしまった。

11/04/04


REPO2011春号
旧著探訪第19回「沈黙の宗教─儒教」をアップしました。
●南薩摩の松元省平氏から写真誌『REPO春号』が届いた。穏やかな海が表紙になっている。赤い灯台、白い客船。平和そのもの。先月11日の東北・太平洋沖の兇暴な海を思う。同じ海とはとても思えない。
●筑摩書房のPR誌「ちくま」4月号に掲載されていた某大学教授の「本当は恐ろしい日本の道徳」という一文を読んでいて気分が悪くなった。「私見によれば、日本人は、しばしば、弱肉強食的な考えを好み、権力主義的な傾向を強く持った人びとであり、他者への共感と想像力に甚だしく欠けている」という下りだ。この人、最近何か酷い目にでも遭わされたのだろうか…。
 あの東日本大震災の惨状を見る前だったら、かるく読み過ごしていたかもしれない。しかし、家族や友人、家や仕事のすべてが津波に呑み込まれてしまった、絶望のどん底に突き落とされた人びとが、それでもお互いが助け合って生きていこうとする光景を私たちはたくさん見てきた。現場へ駆けつける多くのボランティアたち、救援物資を送り出す企業やら団体の数々、過去最高額ともいわれる義援金…も知っている。「私見によれば」との留保はあるものの、何を根拠に「甚だしく欠けている」と断言しているのか。著者は「礼儀、感謝、父母・祖父母への敬愛」などは、「見るだけで鬱陶しくなる言葉」という。「リベラルな民主主義を維持し、発展させる働きを担う主権者を育成すること」が道徳教育の眼目であると主張している。はたして、自由主義・民主主義といったイデオロギーやら思想運動から、道徳を涵養するなんてことが本当に可能なのだろうか。私は疑問に思う。道徳とは、深く深く宗教性に依拠したものであるはずだからだ。このたびアップした「沈黙の宗教─儒教」に倣えば、こういう言説を「知性主義の傲慢」というものなのだろう。何の巡り合わせか、この「ちくま」4月号には「沈黙の宗教─儒教」の文庫版(ちくま学芸文庫)の刊行予告が出ていた。

11/02/24 「ビエンチャン便り(第2回)」をアップしました。

11/01/23 ●ラオス・ビエンチャン在住の庄野護氏による「ビエンチャン便り」の連載が始まりました。ラオスといえばすこし縁遠い国の印象ですが、つい最近新聞紙上で大きく取り上げられました。一つはラオス証券取引所が開設されたというニュース。上場2銘柄からのスタートだそうです。一党独裁の社会主義政権ですから、「株って何?」「何がどうなれば儲かるの?」「株価はいつ10倍になるのか」などなど素朴な疑問や問い合わせが殺到していると記事は報じています。もう一つは中国・昆明からラオス、タイ、マレーシアを抜けてシンガポールまで建設される高速鉄道計画のニュース。これが実現すると、中国国境に近い北の街ボーテンから、南部に位置する首都ビエンチャンまでの420キロを、現在は車で20時間以上要するのが、わずか3時間。閉塞していた陸の孤島から、陸上貿易の要衝へと、大きく転換していくのかもしれません。
大阪編集教室第68期(4月開講)の受講生募集が始まりました。文章・編集に興味のある方は覗いてみてください。
●新しい相互リンク先です。日通ペリカントラベルネット・モルディブ店

11/01/04


REPO 2010冬
●あけましておめでとうございます。本年もどうぞご愛顧のほどを。
●兵庫県立大学の宇高雄志先生から原稿が届く。戦時中、マレーシアから広島文理科大学(現・広島大学)に南方特別留学生として在学していたアブドゥル・ラザク氏へのインタビューを軸に
、ヒロシマ・マレーシアの「戦後」を検証する書き下ろしです。春の刊行を目指しています。
●年末、薩摩の松元省平氏から写真誌『REPO冬号』が届いた。表紙の写真はソウルの冬景色である。ああ寒そうー。お礼にケイタイにかけてみると、「今、海を眺めながら、お弁当食べてるんよ」だって。いいなあ。寒さにふるえながら、年末の追い込みにいらいらしているわが身がなさけなくなってしまった。
●近著探訪第19回『本は物である 装丁という仕事』をアップしました。

10/11/07


松尾匡著・ナツメ社
松尾匡先生の新著『マルクス経済学』(ナツメ社)が届いた。松尾先生のご手配によるものだろう、ナツメ出版企画編集部の斉藤様がお送りくださった。度重なる先生のお心遣いに恐縮です。ありがとうございました。以前この欄で、松尾先生の一ファンとして、新刊チェックは怠らず、刊行後は間髪入れず入手しているのがファンの務めとエラソーなことを書いたことが恥ずかしい。包みを解いて、「えっ、こんな本が出ていたのか!」。不覚でありました。
●さて、本書は「数理マルクス経済学」入門書。私が学生だった30数年前は、経済学部といえば「近経」と「マル経」に二分され、数学ができる人は「近経」に、苦手な人は「マル経」に進む、といった、アカデミズムの片鱗も感じさせない、学生としての身の処し方があった(あまり程度のよくない私の知人周辺の話です。ほかの学生のことは知りません)。現在では、マルクス経済学はすべて数式化されて理論展開されており、数学なくしてマルクスは語り得ずなのであります。本書の謳い文句は「数学を使わない」マルクス経済学。しかも「図解」ページが用意されている。すこし安心して手に取った。数理的アプローチにより、マルクス経済学は客観科学として確立され、特定の価値観・イデオロギーから解放された、と私は単純に捉えたのだが、先生のマルクス経済学者としての立ち位置は全く逆であった。「科学の手法としては現代の主流派経済学の手法を基本的に取り入れているが、むしろマルクスと共通する特定の価値観を表に出す点にこそ、マルクス経済学を名乗る根拠がある」と。その価値観とは「考え方が大事なのではなく、生身の人間が大事」であり、「個々人の都合のほうを根拠にして全体的なことを基礎づける」ことを旨とし、「個々人の都合を超えた全体的な原理を、先験的に持ち出すことはしない」というわけだ。「疎外の克服」への揺るぎない信念が徹頭徹尾伏流していることに、マルクス経済学者としての、良心と気迫を感じるのであります。

10/10/05


REPO 2010秋
●写真家の松元省平氏が主宰する写真誌『REPO』2010秋号(定価500円)が届いた。鹿児島・薩摩半島西南の東シナ海に面する南さつま市から発信されている。年4回刊行。編集後記に「鹿児島市では、猛暑日が1日もなかった」と書かれていたが、今夏は、全国で真夏日・猛暑日の記録更新であったのに、どういうことなのだろう。東シナ海を舞台に政治は熱いが、吹く風はさわやかなようである。REPOの詳しい情報は「松元省平写真劇場」まで。
旧著探訪第18回「ソビエト帝国の崩壊」をアップしました。著者の小室直樹氏の訃報を知って、30年ぶりに読み返した次第。ちょうど本書が刊行された1980年、私は、東京にある、とあるマーケティング調査の会社に入社した。その会社の顧問に小室直樹が就いていた。「4畳半一間のぼろアパートで、膨大な専門書とエロ本に囲まれて暮らす、とんでもない変人だけど、とてつもない学者」と上司が評していたのを思い出す。仕事は「大学教授の家庭教師」と聞いて笑ってしまった。当時、西武池袋線の石神井に住んでいたと記憶する。会社と同じ沿線だったので、何らかの「沿線つながり」で出入りがあったのかと考えていたのだが、かつて論文作成のためのデータ処理に会社のスパコンを使いに来ていた縁であったようだ。社員研修用に「統計学における方法」という演題で小室直樹が講演している。私の入社する2年前だ。その記録が冊子となっており、懐かしくなってページを繰ってみた。「社外秘」と印字されているが、もう30年の時が流れているからいいだろう。計量経済学で使う同時推定法、心理学で重要なテーマとなってくる尺度法など、学問によって違ってくる統計学的手法のガイダンスがあり、変数の扱い方のポイントが述べられ、さらに話は、社会現象を分析するための多変量解析法に進む。一般社員向けの講演にしてはかなり高度な内容である。これを腑に落とせた社員がはたして何人いたのだろう? 少なくとも私はまったく理解不能であった。

10/09/11 旧著探訪第17回「イスラーム文化」をアップしました。
●過日、大阪編集教室の卒業生の女性からフランスに行くので送別会に参加しないか、との連絡を受けた。7〜8年前に卒業した彼女はその後、紆余曲折あって、フランスでライター稼業をめざしている(頑張ってね!)。懐かしさもあり、指定された靱公園へ出向いた。蚊と熱射で宴会どころではなかったが、集まった面々の関係がばらばらで、しかもフランス人が多数を占め、見知らぬ者同士でわいわいやるのもいいもんです。そこで知り合った主婦の旦那の仕事に驚いた。電子書籍化の仕事である。といってオモテの仕事ではない。顧客がアマゾンで買った本を直送してくると、それをスキャンして、iPadで読めるようにデータ化して届ける。1冊200円で請け負うらしい。「そんなの依頼してくる人、いる?」と訊くと、「めちゃくちゃに忙しいのよ。違法すれすれだけどね」。そもそも電子書籍は、単価が「紙」より安いことにあったと思うのだが、「紙」を買ってから電子にするとは単価アップにつながるわけで、どういうメリットがあるのだろう。持ち運びに便利? といっても「紙」はすでに十分にポータブルであるわけだし。収納のメリットなのだろうか。いやいや収納に困るくらいの蔵書をかかえるような、すでに活字に親しんでいる人がわざわざデジタル化して画面で読むようなことを歓迎するだろうか…。にわかには信じられなかったが、たぶん世の中かくじつに変わっていってるのだろうな。「営業はどうやってるの?」には「ツイッターを使ってる」との返事であった。すごいなあ。

10/08/08 ●「薄縁社会 戒名ソフト」という記事を見た(朝日新聞夕刊10.7.31)。お寺と檀家の関係が希薄になりつつある昨今、戒名ソフトの利用が寺院に浸透しつつあるという。故人の仕事や趣味、性格などを入力すると、たちどころにそれに適した漢字が一覧となって表示される。そこからチョイスして漢字を組み合わせれば戒名の出来上がり。ソフトは1本5〜6万円で販売されているようだ。戒名の相場は40万円と聞くから、それにしては、なんだか安直だなあ…の感はぬぐえない。
 先月25日、父が亡くなった。葬儀会館の担当者がやってきて、祭壇から棺、生花、お供え、お弁当…などなど、カタログから選びながら、値切り交渉もなく、あれよあれよという間に事が進んでしまった。不甲斐なさを感じるものの、準備もなく、いきなりあのような逆巻く怒濤に放り込まれれば、誰だってそりゃあ仕方ないわな、と自分を慰めている。しかし、戒名だけは、準備万端だったのだ。5年ほど前に「戒名は自分でつけておいて」と父に頼んでいた。宗教学者の島田裕巳さんが『戒名は、自分で決める』(幻冬舎新書)で問題提起されるずっと前から、わが家では着々と準備していたのだ。このたび、お坊さんが戒名のことを口にされたとき、おそるおそる母親が「じつは本人がこれでお願いしたいと…」と半紙に墨でしたためた戒名を差し出した。一瞬、絶句されたようであったが、「わかりました。これにしましょう」と言ってくださったときは、家族一同胸をなで下ろしました。人の死は突然ではあるが、準備できるところは準備しておこうね。

10/07/19
●近著探訪第18回『不況は人災です!みんなで元気になる経済学・入門』(松尾匡著・筑摩書房)をアップしました。相変わらずの明快・切れ味鋭い松尾匡先生の最新刊です。松尾先生の本を「近著探訪」欄で紹介するのはこれで3冊目。1冊目の版元が東洋経済、2冊目が藤原書店、そして今回が筑摩。やはり予想通り着実に一般読者を巻き込みながらの拡大路線に邁進されている。専門性の高い分野を門外漢の一般読者に、その質を落とさず、わかりやすく書き下ろす。なかなかそういう書き手はいません。社会科学界の「内田樹」として、いずれどかーんとブレイクされんことを熱烈なファンのひとりとして待ち望んでいるのです。次回は文春新書あたりから出るといいな。
●過日『不況は人災です!』が筑摩書房の編集部から送られてきた。松尾先生のご配慮によるものでしょう。感激しました。1ファンへのお心遣いに深く感謝申しあげます。ありがとうございました。でも、じつは今回のご本はamazonの「近刊予約」ですでに入手しておりました。熱烈なファンとしての務めであります。

10/07/08
●スリランカの写真を精力的に発表されている写真家・乾由樹さんの写真展が大阪・堂島のムジカで開催中です。お近くの方はぜひ。
●兵庫や大阪のプロテスタント系教会に消火器を投げ込んだりしていやがらせを繰り返していた犯人が捕まったとの記事を読んだ。人生がうまくいかないのは神様のせいと、教会を襲撃していたらしい。カソリックじゃなく、プロテスタントであったのに興味を覚えた。教科書的に、プロテスタント=カルヴァンの予定説と反応してしまう。あなたが救われているのかいないのかは予め神がすべてお決めになっているという、「余は如何にして基督信徒となりし乎 」の内村鑑三でさえ、恐れおののいた教説だ。現世利益とは真逆の神学思想。「人生がうまく行かない」のは私も同様だから犯人の気持ちは大いにわかるけれど、お門違いだったような。
●大阪編集教室の第67期生を募集中です。10月17日開講です。ご興味のある方は大阪編集教室のホームページまで。

10/06/01


『スリランカ古都の群像』
新刊のご案内『スリランカ古都の群像』(廣津秋義著)を刊行いたしました。スリランカ・キャンディに暮らすシンハラ人、タミル人、ムスリム…、80人(組)のインタビュー集です。ご一読のほどを。
●iPadの発売でいよいよ「電子書籍」が本格化してきた。もうすでに一部の活字コンテンツが電子化され、e-Bookとして流通し始めている。本の世界はこの5年で一挙に変わってしまうだろうという予測もある。グーテンベルグが活版印刷を発明した15世紀から550年あまりの時を経て、あらたな段階に入ったことは確実だ。ある本に、グーテンベルグ時代は産業革命であったが、このたびの潮流は、産業革命であると同時に流通革命でもあると書かれていた。事は、出版業・印刷業・紙業・製本業などの産業界だけの問題ではなく、書店・取次などの流通にも大きな変革をもたらす…、と。いやもっといえば生活スタイルそのものの変革をも迫るだろう。考えてみれば、グーテンベルグの時代だって、印刷術の発明で、聖書が大量に流布し始め、宗教改革が起こり、プロテスタントが生まれ、近代化が進み、資本主義の精神が生まれた。「読まれるもの」の形態変革は、世界の根本的なパラダイムシフトをもたらすものなのだろう。
●私は4〜5冊を同時に並行して読んでいく読書スタイルである。寝室、トイレ、居間、電車などで読む本を分けて置いているのだが、これは物としての本が目に見えるから、読み進められる。トイレに入って、伏せられた本の姿を見て、「ああそうだ、昨日までこの本を読んでいたのだ」と気づかされるからこそ、読書が継続する。本という物体が目に入ってこなければ、読んでいたことさえ忘れてしまう。お粗末な記憶しか持ち合わせていないと私しては「いやな時代になってきた」と思う。大手書店に勤めている女の子にe-Book脅威論を持ちだすと、あっけらかんと「激変は考えにくいなあ」「今だって、そもそもそれほど活字が読まれているわけじゃないし、かろうじて残っている読書人が電子にすぐさま移行するなんてとても思えない」と。
●アメリカでは何年も前から、あらゆる文化財をデジタル化する国家プロジェクトが動いているらしい。そこでしばしばそのあり方に危惧をもって語られるのが「デジタル・ジレンマ」という概念である。つまり、そのデジタル化されたコンテンツを再生できる環境が100年、200年先にも担保されているだろうかというお話である。例えば、デジカメの多くはjpgという画像ファイルで記憶されているけれど、100年先もjpgを再生できるのだろうか。入園式の写真が、老後見られないなんていう事態はないのだろうか。OSのわずかなバージョンアップでそれまでのソフトが動かないなんてことは経験済みである。電子書籍のフォーマットが未来永劫に不変で、かつそのフォーマットをサポートするデバイスが提供され続けるなんて考えにくいのだが、さて。

10/05/11 ●ようやく連休も終わってふだんの流れになりました。私は連休スタートの1日深夜、イボ痔になってしまい、七転八倒しました。持病ではないのですが、数年おきに突如発症する。小豆大のもの。でも今回ほどきついのは初めてで、気を失うんじゃないかと思えるほどの激痛でした。発症はきまって5月。その原因がわかりました。タケノコです。例年4月半ばからわが家ではタケノコづくしといった日々が続きます。間違いなくこれが悪さしている。さきほどGoogleで「タケノコ・イボ痔」で検索をかけたら、「タケノコの食べ過ぎは痔になる」とちゃあんとありました。ボラギノールとロキソニンで痛みを抑え、お尻をかばいながら、出かけることもなく、仕事場に籠もっていました。いいお天気だったのに。
●近刊のご案内『スリランカ古都の群像』(廣津秋義著)。キャンディ在住の80人(組)のインタビュー集。
さまざまな階層の人たちが「家族・仕事・人生」を語ります。キャンディは日本でいえばちょうど京都のような町。シンハラ王朝の最後の都です(英国によって滅ぼされます)。もちろん京都よりずっとずっと小さい規模の都市です。6月初旬の刊行予定です。シンハラ語、タミル語の両方に精通した著者ならではの仕事です。ご期待ください。

10/04/10


写真誌『REPO』
●写真家の松元省平氏から最新号の写真誌『REPO』が届いた。この『REPO』は「第4次」になる。第1次が1984年だから、スタートからすると25年以上刊行され続けている。アナログからデジタルへ、紙からCD・ネットへという写真環境の激変をくぐり抜けてきた。ここ数年は、紙とCDを合体した本の構成になっている。
 前号の「編集後記」では「写真はもっとプライベートであってもいいのではないか」という提言がなされていた。「他人事」ではない「自分事」へ。記録よりも記憶へ。この提言はすごく腑に落ちるところがあった。「記録=パブリック」「記憶=プライベート」という図式が浮かぶ。言葉遊びのようになるが、「パブリックな記憶」というふうになっていけば面白いだろうな。家族も会社も地域もさまざまな分野でコミュニティが崩壊してしまった今、記憶を共有することから始める意義は大きいように思える。ただ記憶は更新される。取扱には注意。
近著探訪第17回『白川静読本』をアップしました。

10/04/06 ●春風駘蕩。桜満開です。ぽかぽか陽気の4日(日)、K新聞のK氏からのお誘いで、夕方から明石公園でお花見をしてきました。イタリアに嫁いでいるK氏の娘さんがおくってくれたというグラッパが主役です。桜は脇です。そいつを一気にやっつけようという魂胆。グラッパは紙コップでは味気ないからと、K氏の鞄の中にはプチプチ袋に包まれた小型グラス2個。用意万端です。近くのコンビニでアテを買い込み、さあ、乾杯の段になって、グラスが倒れて壊れてしまった。K氏の悔やむことしきり。グラッパはグラスでないと…。たしかに…。しかしそうもいっておれないので、おちょこのようになってしまった、割れたグラスを水洗いして仕切り直し。40度をぐいぐい飲んで、日も暮れて、肌寒さを感じる頃には1本やっつけた。

10/03/06 近著探訪第16回『茶の世界史』をアップしました。
●先月下旬、神田のアジア文庫店主・大野信一さんの訃報が業務引継の案内とともに届いた。中国図書専門の株式会社内山書店が全面的にアジア文庫の業務を引き継がれるようである。アジア文庫さんには、小舎の『南船北馬』という雑誌を80年代後半から、以後単行本も刊行の都度、取り扱っていただきました。大野さんにはたいへんお世話になりました。ご冥福をお祈りいたします。

10/02/21 ●今日は久しぶりに何もない1日。朝たっぷり寝込んで、10時頃からウオーキング。パジャマの上からそのままセーターを着込んで、さらにその上から協栄ジム御用達のサウナスーツで身を固める。がんがん汗をかく。昨夜ムジカでごちそうになったワインの酒気をすかっと発散。健康的なふるまいに自己陶酔します。
●兵庫にゆかりのある、優れた研究機関・研究者に贈られる村尾育英会の学術奨励賞(2009年度)に、小舎刊『住まいと暮らしからみる多民族社会マレーシア』の著者・宇高雄志氏(兵庫県立大学環境人間学部准教授)がこのたび受賞されました。受賞理由は、「マレーシアなどの多民族社会における『混住』に着目。多民族社会の安定した共存のため、建築や地域社会のあり方を考えた」(神戸新聞10/2/9)。おめでとうございます。
●刊行予定:スリランカ本を出します。『スリランカ古都の群像』(仮題)。著者は南アジアを精力的に撮影してきた写真家の廣津秋義氏。古都キャンディおよびその近郊に暮らす80人のインタビュー集です。写真とモノローグで、現代スリランカを語りおろします。現在初校アップで、刊行は5月頃の予定です。ご期待ください。

10/01/14 ●ぐんと冷え込んできました。日中でも3度前後。私、背中にカイロ、靴底にカイロの重装備です。それでも堪えます。毎度のことながら旧暦で気候を予想すれば、これほどの厳寒がこれからもつづいていくってわけじゃないんですが、いわゆる今年の「冬」は長いようです。春節が2月14日ですから、例年より1週間から10日前後、遅いですね。「春が来た」と体感できるのは3月も終わり頃になるのではないかと思うのです。

10/01/01 あけましておめでとうございます。本年もご愛顧のほどお願いいたします。
年の瀬、高熱でダウンしておりました。世間がカウントダウンの最中、布団で横になっておかなきゃいけないというのもつらい。焦ります。数週間前、高1の息子が新型インフルにかかったので、ついにやられたか!と思ったのだけれど、フツーの風邪であった。しかしフツーもやっかいです。インフルにはタミフルという特効薬があるが、風邪にはない。ニッカの「余市」をストレートでぐいっと飲んで、あとはパブロンを飲んで、11時間寝る。これが最強に効くとのありがたいアドバイスをある方からいただいた。とりあえず「余市」だけは励行している。いい香り。すごくうまいっす。
「近著探訪第15回」(にいちゃんのランドセル)をアップしました
大阪編集教室第66期(4月開講)の募集がまもなく始まります。「文章」や「編集」に興味がある方はのぞいてみてください。
●2009年面白かった本:BEST5


1.ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影(内掘弘・ちくま文庫)
昭和初期、彗星のごとく現われて消えていった伝説の零細出版社ボン書店。その経営者・鳥羽茂とは一体何者だったのか。単行本(京都・白地社)から10年を経てわかった新事実が「文庫版のための少し長いあとがき」であかされる。まるでミステリーを読むような一冊だった。
2.商人道ノスゝメ(松尾匡・藤原書店):「近著探訪第13回」
3.動的平衡(福岡伸一・木楽舎):近著探訪第11回
4.コスモスの影にはいつも誰かが隠れている(藤原新也・東京書籍)
5.孤高 国語学者大野晋の生涯(川村二郎・東京書籍)

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