●割り勘───────ラオスにないもの【1】

フォー(米粉麺)

焼きそば

カフェラテ
 ラオスには「割り勘」がない。「ほとんどない」といえる。もとより「割り勘」は、オランダ式といわれている。そのように、ある特定の地域が生んだ文化が「割り勘」である。だから、ラオスに「割り勘」がないといっても驚くことはない。「ラオス式の割り勘」というようなものを想定してみれば分かりやすいかもしれない。
 5人の職場仲間がいて皆、同じ平サラリーマンであるとする。彼らが5人そろって昼食にでかければ、月曜日はAさんが、火曜日はBさんが、水曜日はCさんが、木曜日はDさんが、金曜日はEさんが支払うことになる。結果として「割り勘」が成立する。これが「ラオス式割り勘」である。
 上司が4人の部下をさそって昼食に出かける場合、上司が支払う。それがふつうである。この場合、上司の「誘う」という行為があれば、上司主催の食事会となり、当然、主催者の支払いである。誘われた部下のひとりが、自分ひとり分を支払おうとすれば、彼は上司の「顔」をつぶすことになる。
「顔を立てること」が部下の役目である。どうしても、と言い張る部下が自分ひとり分の支払いにこだわったとする。そうすると、彼は二度と上司の食事会に呼ばれなくなるだろう。一般のラオス人ならそのことをよくわきまえている。
 ラオスで働く日本人が、赴任数カ月後くらいからひとりで食事するようになる。というのは、彼(あるいは彼女)は、ラオスの支払い方式になじめないからである。
 ときおり、「ラオス人に食事代を負担させられた」と憤っている日本人がいる。そして、「もう二度とラオス人と食事に行きたくない」ともいう。しかし、彼は将来受け取るかもしれない部下からの「利益」を想定していない。元は取れることがわかっていない。たった一度の食事で世間を狭くしていては、ラオスでは生活できない。
 では、日本人上司はいつも部下の食事代を支払うだけなのか?
「イエス」。基本的にそうである。しかし、部下は別の方法で、おごられた代金を返済する。部下が上司をさそって食事会をひらく。出張の際に上司にお土産を買ってくる。正月やお祭りの日に、上司の家に付け届けする。こうしてギブ・アンド・テイクのバランスがとられる。その際、上司を「立てる」ことが重要な要素であり、上司のほうが少しだけ持ち出し、となることが重要なのだ。
 私は1週間のうち3回の昼食は、だれかにおごられている。ひとりで昼食にでかけることは極めてすくなく、常にだれかと一緒である。そもそも、ひとりで食事にでかけるという習慣は、ラオスにはほとんどない。よほど教養があるか、金持ちであるか、友人がいないか、でなければ「お一人様」はない。
 私をひとりにさせないように周りのラオス人は常に「仕組んで」いる。それは、まったく好意からである。そこに不自由を感じ、ひとりにさせてくれないことにストレスを感じるようになるならば、その人はラオスに合ってない、のだろう。

【著者紹介】庄野護(しょうの・まもる)
1950年徳島生まれ。中央大学中退。アジア各地への放浪と定住を繰り返し、文化・言語の研究を続ける。タイ、ベトナム、インドネシア、バングラデシュ、スリランカ、パプアニューギニア、ケニアなど、アジア・アフリカでの活動歴は40年、滞在歴は20年ちかくになる。多様なフィールド体験に裏うちされた独自の視点をもつアジア研究者である。著書に『国際協力のフィールドワーク』『スリランカ学の冒険』『パプアニューギニア断章』(南船北馬舎)、『学び・未来・NGO NGOに携わるとは何か』(共著・新評論)。現在、ビエンチャン在住。

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