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26/01/16 インドの大魔王「お笑い神話1月号」新しいAI時代、そして古い「てつがく」の輝きをアップしました。

26/01/08 『鶴見良行著作集』を読む。第5巻「マラッカ」の時代(2)庄野護をアップしました。
「大阪自由大学通信」(講座案内)アップしました。

26/01/03
●初春の候、輝かしい新年をお迎えのこととお慶び申しあげます。本年も変わりませずお付き合いのほどどうぞよろしくお願い申しあげます。
●2025年は「今年の漢字」に「熊」が選出されたほどに、熊がらみのニュースがお茶の間に溢れかえった一年だった。「テディベア」であったり、「くまのプーさん」であったり、可愛い対象としてしかこれまで捉えてこなかったクマであったが180度その認識は変わった。ニュース映像でみるあの獰猛な爪ときたら! 吉村昭『羆嵐』(新潮文庫・1982)を読んだ。大正4年北海道天塩山麓の開拓村で男女6人がヒグマによって殺害された大惨事事件。そのドキュメンタリー作品だ。熊の兇暴さ・邪悪さ・残忍さがひしひしと伝わってくる内容である。柳田國男の「遠野物語」第43話に遠野新聞の記事をもとに熊と闘った男の話が紹介されている。熊と取っ組み合いになって谷川におちいり、組んずほぐれつついには熊を打ち取ったという。「爪の傷は数ヶ所受けたれども命に障ることなかりき」(新編『柳田國男集第一巻』筑摩書房、1978)。はっきりいってこんなことありえない!と思う。遠野物語が虚実皮膜のあわいを漂う物語の集成であることが今となっては理解できる。学問としてでなく文学として造形された「遠野」ということだろう。

25/12/15 ●鶴見良行関連の論考を長年連載してもらっている庄野護氏の小舎WEB上での著作一覧をPDF化いたしましたのでご利用いただけると幸いです。ゴシック体の項目部分は該当ページにリンクしておりますのでクリックしてお進みください。
 ・庄野護アーカイヴズ総目録(PDF)2025年版

25/12/08 『鶴見良行著作集』を読む。第5巻「マラッカ」の時代(1)庄野護をアップしました。
南船北馬舎(通販)サイトでは、
12月12日(金)12:00から15日(月)23:59までBASE13周年大感謝祭が実施されます。商品購入画面でクーポンコード欄に 2512base と入力いただければ購入金額から15%OFF(上限1000円)でお求めいただけます。一般に書籍販売は再販制度のもと定価販売になっておりますが、15%の割引金額をBASE株式会社が負担することでこのたびの割引販売が可能となっております。ぜひこの機会をご利用くださいませ。

25/12/04 インドの大魔王「お笑い神話12月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(14)」をアップしました。

25/11/27 ●20世紀初頭にエジプトからやって来たムハンマド・アリー・タウフィーク王子の「日本旅行記」の翻訳を不定期でアップしてきましたが、仕切り直してこれからは「旅行記」の冒頭から時系列で進めてまいります。アラビア語のレッスンを受けている教室が神戸・トアロードの所在であり、まさにここが「神戸編」の舞台であったゆえに、とりあえず神戸から、となりました。神戸の次の訪問地が「広島・宮島」となり、そこまではアップしました。そのあと下関に移動して船で釜山に渡り、日本での旅は終わります。ということで、ウラジオストックから航路で到着した、最初の地「敦賀」からあらためてスタートします。おつきあいいただければ幸いです。
『日本旅行記』【日本上陸〜敦賀】編(ムハンマド・アリー・タフィーク著・1909)

25/11/11 『鶴見良行著作集』を読む。第4巻「収奪の構図」の時代(2)庄野護をアップしました。

25/11/05 インドの大魔王「お笑い神話11月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(13)」をアップしました。

25/10/31 ●今月初旬に刊行いたしました『異境へのまなざし』(吉永邦治著)の出版記念展として「第16回吉永邦治油彩展」が開催されます。書籍に掲載された作品も多数出展の予定です。お近くの方はぜひご観覧くださいませ。
・第16回吉永邦治油彩展(「異境へのまなざし」出版記念)
・2025年11月19日(水)〜25日(火)最終日は午後4時終了
・山形屋画廊(山形屋3号館3階)鹿児島市金生町3番1号

25/10/11 『鶴見良行著作集』を読む。第4巻「収奪の構図」の時代(1)庄野護をアップしました。

25/10/06 新刊のご案内『異境へのまなざし』(吉永邦治著)という本を刊行いたしました。吉永画伯の「創作の情熱」の源流となった中東、インド、中国、南米の原風景を辿る一冊です。モノクロですが作品も多数収録しています。「吉永邦治ワールド」をご堪能ください。
インドの大魔王「お笑い神話10月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(12)」をアップしました。

25/10/01 ●過日、民族学博物館主催の「アラビア語がつなぐ日本とアラブ世界」という催しに行ってきた。日本でアラビア語の公教育が始まって100年周年を記念したもの。1925年大阪外国語学校(現・大阪大学外国語学部)のアラビア語学科が嚆矢だそう。東京外大ではないんだ! そのこともあってか、阪大のアラビア語専攻の学生たちによるアラビア語劇も上演された。素晴らしかった。内容は全く理解できなかったけれど、それでもすごく勉強して練習を重ねて臨んだことがよーくわかった。あれだけの台詞を自家薬籠中のものにできればすごい力になるだろうな。アトラクションのウード奏者・常味祐司氏の演奏もよかった。マカームと呼ばれるアラブの音階の紹介も興味深いものだった。ただ残念ながら、それ以外は、イマイチかなあ…であった。アラビア語教育に日々携わっている現場の専門家の話をもう少し聞きたかったように思う。アラビア書道の本田孝一氏も登壇されたが、たしかにアラビア語の入門書を多数出されているので無関係ではないけれど、かつ話が面白くて親しみやすい方でウケもいいんだけれど、当イベントの趣旨からすればちょっと違うような気がした。大学でアラビア語を主専攻として学べる、あるいは第二外国語としての履修できる、そうした正規のカリキュラムを用意しているのは、国公立で6校、私立で18校ほどのようだ。100年経って、これが多いのか少ないのか判断は出来ないが、公共放送の番組編成からみると、あきらかに斜陽にあるように思える。NHKラジオでは半年ごとにフスハー(正則アラビア語)とアーンミーヤ(エジプト方言)の講座が交代で今も続いているが、NHKテレビの講座(正則)は2017年度で終了(「戦場カメラマン」の渡部陽一氏が生徒役だった)、19年からアーンミーヤ(モロッコ方言。あまりにもニッチな選択だ!)をやっていたがこれもほどなく終了。放送大学での講座「初歩のアラビア語」(正則。鷲見朗子氏が講師)もなくなって久しい。読んだり書いたりする「正則」を学ぼうとすると今のところNHKラジオの榮谷温子氏の番組しかない。この番組は、以前にも触れたが2005年4月〜9月に放送されたものを繰り返し繰り返し放送して、この9月に21周目!を終えたところだ。とってもよくできた内容なので無限ループであっても全く問題はないのだけれど、さらなる高みをめざしていこうとする意欲が感じられないのは少々寂しい。ともあれ、こういった衰退状況をふまえた、現下の、日本のアラビア語事情について専門家からの意見を聞いてみたかったように思う。

25/09/28 ●「スポーツ森羅万象」(城島充/サンケイ夕刊)をリンクします。
 沖縄尚学を強くした野球ノート 比嘉監督「ユニホーム脱いだ後が勝負」

25/09/13 『鶴見良行著作集』を読む。第3巻「アジアとの出会い」の時代(3)庄野護をアップしました。
インドの大魔王「お笑い神話9月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(11)」をアップしました。

25/09/09 日本旅行記・宮島(広島)【後編】(ムハンマド・アリー・タウフィーク著、1909)をアップしました。

25/08/27 『鶴見良行著作集』を読む。第3巻「アジアとの出会い」の時代(2)庄野護をアップしました。

25/08/20 ●「スポーツ森羅万象」(城島充/サンケイ夕刊)をリンクします。
 甲子園「最高試合」24年後の奇跡 箕島VS.星稜 球審の願いと紡がれた絆
●昨今インバウンドの過剰でSNS上ではいわゆる「排外主義」的な言辞が飛び交っている。例えばよく耳にする一つに、新幹線の指定席に自由席の乗車券で席を占有している外国人が増えてきているらしい事態に対して「あまりに民度が低い」などといった雑言が投げかけられている。予約していた席に行くと、見知らぬおっさんが何食わぬ顔で座っていた……なんて、たしかに不快極まりないことではあろう、たぶん。このお盆休みに台湾に行った。高雄から台南に向かう急行列車でのこと。予約をとって指定席に向かうとわが席には見知らぬおっさんがいた。座席番号を示すと悪びれるふうもなくそそくさと別の席に移動していった。うーむ、である。翌日も高雄・台南間の急行を利用したのだが、その日は週末ということもあってか、予約が取れず、自由席(「無座」という表記)となった。ところが、自由席専用の車両というものがない。車両に「reserved」「non-reserved」の表示がない。切符に印字されている「無座」の意味するところは文字通り「立ち席」ということのようだ。ネットでググると、この「無座」の意味するところは、「席が空いていれば座ってもいいが、その席を予約している人が来れば速やかに席を譲ること」というものであった。ある意味合理的ではある。これを「自願無座」というらしい。「自願無座」制度が国際標準なのかどうかは知らない。すくなくとも日本では運用されていないわけである(おそらくリアルタイムで一つ一つの席の専有状況が細かくコントロールされているのだろう)が、郷に入りては郷に従えとばかり、私はこの自願無座を利用して座ってみた。しかし、どこか不道徳なことをやらかしているようで、落ち着いて腰を下ろすこともできず半分腰は浮いたままだ。座った心地がしないのでなんだか疲れる。と、次の停車駅で乗り込んできた女性から「ここわたしの席です」といった意味の言葉を投げかけられてしまった。なんてこったい、私がその「見知らぬおっさん」になってしまったのだ! 目も合わすことができず、口をもごもごさせながらあたふたとその場を去ったのであった。こんなことであれば、デッキに立っていたほうがどんなに精神的に楽であったことか!

25/08/05 インドの大魔王「お笑い神話8月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(10)」をアップしました。
●小舎通販サイト(BASE運営)をご利用の方へ。
2025年8月13日〜8月17日まで夏期休暇のため、この期間のご注文は8月18日以降の発送となります。ご了承のほどお願い申しあげます。

25/07/23 ●「スポーツ森羅万象」(城島充/サンケイ夕刊)をリンクします。
  パラリンピックの父が抱いた夢 身体障害者という言葉なき社会に

25/07/15 『鶴見良行著作集』を読む。第3巻「アジアとの出会い」の時代(1)庄野護をアップしました。

25/07/06 ●1909年(明治42)来日のエジプトの王子、アリー公の「日本旅行記」第2弾「宮島(広島)編」(前編)をアップします。
「日本旅行記・宮島(広島)編」前編(ムハンマド・アリー・タウフィーク著、1909)
【アリー公の経歴】
翻訳文冒頭にも記していますが、オスマン帝国時代のエジプトを統治していたムハンマド・アリー朝の系譜につながる人物で、第1代アリー朝の統治者からすると玄孫(孫の孫)にあたる王族のひとり。アリー公の兄が第7代目の統治者アッバース・ヒルミー2世(在位1892-1914)だった。アリー公はカイロのアンジャール学校(王族や貴族・上流階級の子息向けの学校)で学び、その後1883年以降はスイス、オーストリア(ウィーンのテレジアヌム)の陸軍士官学校に留学した。以上は、Reem Ahmed Saleh Sayed Omar氏の学位論文「エジプト人の日本発見-日露戦争より戦間期にかけて-」(上智大学、2016)を参考にしました。ただウィーンのテレジアヌムでは「the Consular Academy」(前身は1754年マリア・テレジア女帝が創設した「Oriental Academy」)という国際関係・外交を専門とする教育機関だったのではともいわれている。アリー公の日常語はおそらくオスマン(トルコ)語であったと思われるが、当時の王族の教養として、アラビア語、英語、フランス語、ドイツ語、ペルシャ語を身につけねばならなかった。

25/07/02 インドの大魔王「お笑い神話7月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(9)」をアップしました。

25/06/11 『鶴見良行著作集』を読む。─第2巻「ベ平連」の時代(2)庄野護をアップしました。
インドの大魔王「お笑い神話6月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(8)」をアップしました。

25/06/02 大阪自由大学通信6月号が届きましたのでアップします。

25/05/17 『鶴見良行著作集』を読む。─第2巻「ベ平連」の時代(1)庄野護をアップしました。

25/05/11

アラビア書道の軌跡
国立民族学博物館
●現在開催中の大阪万博の会場を間違えて「1970年の万博公園」に向かってしまう人がけっこういるらしい。そのせいではないと思うけれど過日久しぶりに訪れた万博公園は、汗ばむほどの陽気の一日、行楽客で大変な賑わいであった。その日、公園内のみんぱく(民族学博物館)でアラビア書道の第一人者、本田孝一氏による講演があった。定員450人の講堂が7割近く埋まっていたので300人を超える来場者であったと思う。本田氏自身が驚いていたけれどこれほどにアラビア書道に興味をもつ人がいたとは! 本田氏のほんわかした語り口と、氏の手元をプロジェクターに大きく映し出して、筆さばきの様子を直に見られるような実演もあったりして、けっこう盛り上がった講演であった。目玉は、実演した作品を、何が書いてあるかを当てた人にプレゼントするという催し。本田氏の作品であれば、たとえワンフレーズだけであっても1点数万円はするだろうから私自身も気合いが入った。ところが最初のひと筆が書かれただけなのにあっという間に20人ほどの挙手があり見事に正解していく。こんなにアラビア文字を読める人がいたとは! これまたびっくり。「アッサラーム・アライクム(挨拶のことば)」であったり「アッラーフ・アクバル(神は至高なり)」であったり、お決まりの定式化されているフレーズであったとはいえ、あの即答ぶりにはまったく手も足も出なかった。残念。作品には「kataba-hu HONDA」とアラビア文字で署名が付される。「本田がこれを書いた」という意。落款印のようなものだ。これがあってこそ値打ちがつくわけだ。もらった人はちゃんと額装して飾っているのかな。

25/04/13 『鶴見良行著作集』を読む。─第1巻「出発」を手にとって(2)庄野護をアップしました。

25/04/05 インドの大魔王「お笑い神話4月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(6)」をアップしました。

25/03/25 『鶴見良行著作集』を読む。─第1巻「出発」を手にとって(1)庄野護をアップしました。
●「スポーツ森羅万象」(城島充/サンケイ夕刊)
をリンクします。今回は「番外編」です。
  2つの被災地 結んだ歌声「にいちゃんのランドセル」その後の物語
 城島充氏の著書『にいちゃんのランドセル』(講談社、2009)につきまして、以前小舎ホームページにて紹介記事を書いておりますのでご参考までリンクします。
  近著探訪(15)「にいちゃんのランドセル」(2010.1.1)

25/03/18 ●老境に足を踏み入れてからアラビア語を始めてまる6年。途中コロナ禍に見舞われたのでお休みもあったが、ともあれ、ほぼ実用性なし実利性なし汎用性なしの「無用の言語」にけっこうな時間を費やしてきた(こういう無駄に徹するのって、大好き!)。神戸のトアロード沿いにあるビルの一室でほぼ隔週で個人レッスンを受けている。そもそも若い頃から記憶力が貧弱で、それが年のせいでさらにポンコツ化し、揮発性の記憶力となって、単語一つ、文法一つがなかなか脳ミソに定着していかない。とほほ状態である。さて最近は、明治末期に日本にやって来た、エジプトはアリー朝時代の王子、ムハンマド・アリー・タウフィークが著した「日本紀行」をテキストに勉強している。この教室近辺(トアロードから居留地にかけて)が舞台になっている「神戸編」から始めて、現在「宮島(広島)編」が進行中である。せっかくだから「神戸編」を訳出したものに若干の解説を加えて「作品」としてお披露目しようと考えた。将来、「西日本編」「東日本編」に纏め上げることを目標とし、さらにはそれが形ある一冊の本となっていけば(いつのことやらではあるけれど)、面白そう。というわけでとりあえずの第一歩ということで、お読みいただけると幸いです。
 「日本紀行・神戸編」(ムハンマド・アリー・タウフィーク著、1909)
 原文はこちら(Hendawi出版社)からPDFで全文ダウンロードできます。
 https://www.hindawi.org/contributors/81694272/

25/03/12 インドの大魔王「お笑い神話3月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(5)」をアップしました。

25/03/02 『鶴見良行著作集』を読む。「はじめに(2)」庄野護をアップしました。

25/02/22 ●「スポーツ森羅万象」(城島充/サンケイ夕刊)をリンクします。
 「仰木マジック」1995年の奇跡 被災地の期待に応えた戦略と代償

25/02/01 ●新連載|『鶴見良行著作集』を読む。「はじめに(1)」庄野護をアップしました。
インドの大魔王「お笑い神話2月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(4)」をアップしました

25/01/25 ●「スポーツ森羅万象」(城島充/サンケイ夕刊)をリンクします。
 日本フィギュア「空白」埋めた情熱 佐藤信夫さん 先人から受け継ぐ探求心

25/01/13
インドの大魔王「お笑い神話1月号:霧が覆い隠すシッキム王国の“神秘”(3)」をアップしました。
●昨年末に刊行された、梅崎春生『十一郎会事件』(中公文庫)を読んだ。副題が「梅崎春生ミステリ短篇集」とある。45年ほど前、学生だった頃、私は「梅崎春生」のわりと熱心な読者であった。だから「ミステリ」作品なんてあったのかなと不思議に思った次第。実際いくつかの作品はこれまでの単行本に収録されていた、ふつうの(ミステリとは銘打たない)短編もの。やっぱりミステリではないよな。巻末に収録されている江戸川乱歩による一文ですこし事情が飲み込めた。「梅崎さんはミステリ文学好きな文壇人の一人」で、読むだけでなく書く方においても、本格派ではないが、「人生のミステリというような」「人間の不気味さというもの」がよく出た、「梅崎さんらしい味がある」ものが多い。こうした珍重すべき味を、サキなどの「奇妙な味」と一脈通じるものとして評価したという経緯があったそうだ。じゃあ「奇妙な味」じゃないものって? 「いつもの味」「クリシェな味」ということであろうか。これではそもそも文学に成り得なさそうである。文学は「奇妙な味」があってこそ成立するものではなかったか。とすれば「奇妙な味」という概念が結局は何も語っていないようなふうにも思えてくる。ともあれ中公文庫の企画者にとっては乱歩のフレーズ「奇妙な味」を一歩進めて「ミステリ」と一括りにして編集したということなんだろう。ところでこの「奇妙な味」は既視感があった。さきほどごそごそと探し出してきた。吉行淳之介編『奇妙な味の小説』(立風書房、1969)だ。やはり吉行による「編集後記」にはこの「奇妙な味」について乱歩由来の造語である旨を紹介して作品選別の方針を説明している。しかしながら本書もたんなる「短編アンソロジー」といえなくもない。「奇妙な味」なんて冠さずともよかったとも思える。ただすこし見えてきたのは、「純文学」という堅苦しい範疇ではなく、著者のストーリーテラーの才気が走ったショートストーリーに着目した分類と理解すればすんなりとくる。ところで本書には梅崎作品は収録されていない。なんとなれ、梅崎は享年50歳で1965年に亡くなっているからだ。蛇足だが、私が所持している『奇妙な味の小説』は1981年2月の刷りのもので、なんと「第11刷」。考えられないほどの刷り数だ。現在であればよくいって初版3000部がせいぜいのところ。1980年前後から始まるショートショート全盛の、時代の空気感がうかがえる。

25/01/05 ●新年おめでとうございます。本年もご愛顧のほどお願いいたします。
「大阪自由大学通信1月号」が届きましたのでアップいたします。

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