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| 数多くの書評を書いてきた鶴見良行だが、そのなかから選抜された書評(1957-90)が「著作集」に収録されている。それぞれの書評からその時代の良行の関心の在り様が読みとれる。問題意識は時代とともに変化してきた。 『著作集6 バナナ』に収録されている書評で私が注目したのは、沖縄出身の平恒次(たいらつねじ)による著作『日本国改造私論─国家を考える』(1974)についてのものである(初出=『図書新聞』1982年8月14日号掲載)。 良行が沖縄について書くことはまれだった。良行にとって沖縄は「書かない」領域だった。同様に中国や朝鮮についても僅かしか書いていない。外交官であった父の鶴見憲や、同じく外交官であった叔父の鶴見裕輔らの過去と重なる地域や国への評論は避けてきた。 鶴見憲は外交官として満州国赴任を経験し、シンガポール、マラッカにも駐在した。実務に秀でた外交官であった。複雑な業務をこなしたといわれる。複雑な業務とは、外交文書に残らない秘密工作などである。 良行の従兄・鶴見俊輔(哲学者)の父が鶴見裕輔である。そして、裕輔の義父に、後藤新平(1857-1929)がいた。後藤は、台湾での植民地行政での実績が評価された。その後、満鉄初代総裁となる。満州でも業績を重ね、終には外務大臣となった。 良行はそうした親族たちの過去や業績から距離を置いた領域に自らの学問のテーマを求めた。また他の知識人たちが「意識しない」領域に敏感であった。その意味で、『著作集6』の書評で良行がとりあげた平恒次『日本列島改造試論』(講談社現代新書、1974)に私は注目する。 その書評の書き出しは、次の文章ではじまる。 「日本人は、敗戦という激烈な歴史を体験しているときにも、国家という組織の組替えについては、じゅうぶんな配慮をしたとはいえない」(『著作集6』p.293) 良行は最初の単著『反権力の思想と行動』(盛田書店、1970)以来、個人が国家にどう向き合うかを考えてきた。本書では、アメリカの政治学者ハワード・ジンや歌手ジョーン・バエズの思考や行動について詳細に論じている。 良行の国家と個人という問題意識に対して、国家と個人をつなぐ行政の在り方を問題にしたのが平恒次であった。機能主義社会学では国家=行政とされるが、国家と個人をつなぐ中間領域として行政をとらえる考え方もある。平は長年、国際機関の実務家として働き、その体験を通して国家の在り方を考えてきた。その彼の国家論が『日本国改造試論』である。 良行は、その本を次のように評した。 「武力による自衛は、国家主権の重要な要素である。したがって自衛権の発想としての戦争を禁欲した新憲法下の日本は、国家(原文では傍点あり=引用者註)と呼べないなんらかの集団だった。(中略)だが私たちは、新憲法のこのような性格についてほとんど気付かなかった。同様の脱落が国家論についてもいえる。主権在民は大きな獲得だったけれど、この原理にそって行政体としての国家を組み替える方向を私たちは真剣に追及しなかった。平恒次『日本国改造試論』は、こうした空白を埋める貴重な書物である」(『著作集6』P.293) 良行はアジアの辺境で国家と無縁に生きる人々と出会い、国家とは何かを問い直してきた。米国ロスアンジェルスで生まれ、1945年19歳になる直前までアメリカ国籍を保持していた。良行と似た課題を抱えながらも国際機関で働いてきたのが、沖縄出身の平恒次であった。良行と同年の1926年に沖縄で生まれ、無国籍のままアメリカに学び、国連機関のILOで働いた。国際機関で働くことによって、日本国政府発行のパスポートを手にしたという。無国籍を個人の可能性として考えたのが、良行であった。 「一九四五年〜七二年の二八年間、琉球列島は合衆国民事行政政府の保護下にあり、その住民は、日本国民ではなく、ましてアメリカ国民でなかった。(中略)無国籍という地位を一級下の哀れむべき存在というふうに私は考えないし、著者(平恒次=引用者註)もそのような怨念から発想していない」(『著作集6』p.293) 『日本国改造試論』に、著者の平自身による要約がある。 「本書は、日本を国家として語る言葉を提供しようと試みるものである。言葉の提供者として、同時に新しいカテゴリーを導入し、そのカテゴリーに日本国をはめこんで、これを日本国改造への手引きにしようという大胆な計画なのである。(中略)意図するところは、『日本国』が、その領域内に住む人々の自由と福祉を極大化できるような構造を持つものであるかをどうかを考えることである。(中略)個人(およびその複数である人々)にとって国家とは何かと追求することはロゴスの課題であって合理的解明が可能である。だがそれだけでは楯の一面を見ているに過ぎない。現代国家には、個人と国家とをいっしょくたにして包括する、ときにはエーテルのような、ときには網のような、強弱硬軟とりとめもない情念『ナショナリズム』が存在するものである。これはパトスの世界である。(中略)本書は、理性と情念の間に彷徨しながら、個人と国家との関係について思考実験を提供しようとするものである」(『日本国改造試論』pp.3-4) 『日本国改造試論』第一章「無国籍者の思い出」の最終頁(p.50)で、従来の都道府県のほかに、民族ごとの「県」の設置を提案している。アイヌ「県」、朝鮮人「県」など民族ごとの県の創設である。それぞれの「県」が議員選出権をもつ制度が考えられていた。 アイヌ「県」や朝鮮「県」の設置を現実味がないと思う人がいるかもしれない。しかし、世界の国々を見れば、国内各民族への自治制度は、多くの国で多様な様式で採用されている。多民族混住のスリランカでは、各宗教集団単位で一定の自治が法律で認められている。仏教徒、回教徒、ヒンズー教徒、キリスト教徒たちの自治である。人の生誕から死まで、そして死後においての宗教集団による自治が保障されている。 イギリスは王国の連合であり、米国は州の合同した国家である。そのように、日本が本土と沖縄を連邦として存在させる可能性がありえた。そのように平は考えた。 アイヌ「県」や朝鮮「県」は、空言ではない。日本での回教徒人口は42万人(2025年)を超えた。回教徒「県」を希望する人々が増えている現実がある。 求められている「県」は、地理的なものでなく、行政機能としての「県」である。 |
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