旧著探訪(4)

 南洋の喫茶店 
オセアニア現代誌 ■高橋康昌著・筑摩書房・1986年■

【前口上】世事に疲れてくると、「ああ、南の島に暮らしたい」といつも思う。カッと照りつける太陽、白っぽく照り返す細く曲がりくねった島の道、色濃く茂る緑の密林、リーフに囲まれて穏やかな鏡のように輝くラグーン…。日の出ともに起き、人気のないまだひんやりした浜辺を散歩し、太陽が高くなれば開け放した家の中で本を読んで過ごす。夕には再び浜に足を運び日の入りをながめながらその日の終わりをしっかりと確認する。一日一日を愛おしみながら。こういう生活をしてみたい、と。しかし、で、どうやって食っていくの?という現実に引き戻されて白昼夢は終わる。この本には、世界地図では水色に塗り潰されて存在さえもが記されないオセアニアの小さな島々の、国家レベルでの「どうやって食っていくの?」という喫緊のさまざまな課題がレポートされている。
 赤道直下、ミクロネシアの島のひとつ、ナウル。人口7700人(刊行当時)。周囲20キロほどの小さな円形のサンゴ礁島だ。ここは何万年もの長い時をかけて堆積された海鳥の糞が島全体を覆っている。地表面から10メートルあまりが鳥の糞。この糞の山から採掘されるリン鉱石を輸出して食い扶持を稼いでいるのだが、すでに100年近く掘り続け、20世紀の最後には完全に枯渇する運命にあるという報告であった。ほかの多くの南洋の島々とちがって、国民一人あたりの所得は日本とほぼ同程度の金持ちの国。税金もなく、教育費・医療費はすべて無料、電気水道も無料の豊かな福祉国家を実現している。それがまもなく無資源国となる。政府も手をこまねいているばかりではない。グアムのホテル事業に投資をしたり、香港でも貸しビル建設を計画したり、はたまた数多くの国際線を設けてボーイングを数機就航させたりしている。「枯渇後」の国家運営をにらんでさまざまな手を打っているのだが、すべて赤字経営であるという…。
 この本の刊行から17年、21世紀に突入してすでに3年。はたしてどうやって食っているのやら…。と、今年4月28日号の『アエラ』に「変わる南洋の楽園」と題して、「その後」がレポートされていた。リン鉱石は採り尽くされ海外投資はすべて失敗、国家財政は破綻し、ほとんど無収入の貧困国へ転落してしまったようだ。今春には唯一の国際電話回線が洪水で不通になり、「ナウルが行方不明になった」と騒がれた。現在はボートピープルなどの受け入れをオーストラリア政府に代わって引き受けることで援助金を得たりしているという。南の島のケセラセラが通用しない、非情な国際力学に翻弄される現実だった。
(か)2003.6.08
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