- 「未開モノ」ブームと出版
朝日新聞の夕刊に連載され、のちに単行本化された本多勝一のルポルタージュ『ニューギニア高地人』(朝日新聞社)が「未開モノ」のブームに火を付けたのは、1964年。未知の世界と未開の世界への興味が読者を駆り立てて、出版界には「未開モノ」シリーズが次々と登場した。
「未開」と冠すれば本が売れた。西丸震哉『さらば文明人 ニューギニア食人種紀行』(講談社・1969年)、沼沢喜市『ニューギニア・ピグミー探検』(大陸書房・1969年)などはそのブームに乗った出版物であった。大陸書房は白川竜彦『未開人のエロス 未開社会におけるセックスの研究』などつぎつぎと出版した。
そのブームは子供の世界にも浸透する。少年マガジンや少年サンデーといった漫画週刊誌のグラビアページにニューギニア人の写真が登場した。本田勝一の『ニューギニア高地人』の少年向けリメイク版まで発行された。
文化人類学のまじめな論文であるマリノフスキー「未開人の性生活」は『世界性学全集』第九巻(河出書房・1957年)で日本に紹介され、のちに「未開モノ」ブームが起きると独立の単行本(ぺりかん社・1968年)としてあらためて出版されている。『世界性学全集』は日本の学者たちのアルバイトによる仕事で相当乱暴な翻訳がなされていたらしい。そうした本があらためて出版されるとき、訳者は「はしがき」で言い訳がましいことを書いている。「忙しいから改訳できなかった」と。
マリノフスキー『未開社会における犯罪と慣習』も昭和40年代の「未開モノ」ブームのさなか、ぺりかん社から1968年に出版されている。同じ著者の「未開人の性生活」と同様に、パプアニューギニアのトロブリアンド島での3年間のフィールドワークをまとめたものである。
私がトロブリアンド島に出かけて住民たちから聞いた話では、マリノフスキーは主要な村から追いだされ、社会的に下層の村に住みこんだために、出版された本の内容には偏りがあるということであった。パプアニューギニアではめずらしく、トロブリアンド島が村ごとの階層性社会にあったことをマリノフシキーは十分に説明できていない。
現在の日本で「子育て」や「原始の人間関係」に関心を寄せる人々に、マリノフスキーは人気があるらしい。現地に住む私に、日本の知人からのメールでの問い合わせが何件かあった。しかし、そうした人たちのパプアニューギニア認識は『ニューギニア高地人』が作りあげた「未開のニューギニア」の域を出ていない。未開という要素は残るにしろ、パプアニューギニアもまた世界にあるふつうの国のひとつであり、そこに住む人々は日本に住む人と同じ時代を生きている。この「同じ」というところから出発しないかぎり、「違い」もまた見えにくいのではないかと思う。
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