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海・呼吸・古代形象 ■三木成夫・うぶすな書院・1992年■ |
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写真は好きだが、どうもうまく撮れない。何を撮りたいのかわからないような写真ばかり。美術展に行けば、好きな絵・嫌な絵はあるが、理知的にスマートに読み解けない。まずは「構図」のお勉強が必要だと思って過日手に入れたのが、布施英利著『構図がわかれば絵画がわかる』(光文社新書・2012年)という1冊。 点と線、対角線や三角形、遠近法、光と影がもたらす効果など、おそらく美術を専門に勉強した人には基本中の基本の概念であろうが、まったくの素人には新鮮であった。 しかし、この本、かなり風変わりである。テクニカルな視点から絵画を分析的に解読するための入門書ではあるのだが、後半になってくると、たんなる解説書ではないことに気づかされる。「仏像」のあたりから、どんどん違った世界に導かれていく。著者自身の「インド紀行」が唐突に始まり、さらには人体解剖の世界へと踏み出す。本書冒頭部分ではページの挿絵がフェルメールやらダビンチであったのが、知らないうちに人体シェーマへと変わってしまっている。 あれれ。とあわてて著者プロフィールに目をやると、東京芸大の先生とあるのは、なるほどね、だが、東大医学部で解剖学の助手をつとめ、養老孟司研究室で「科学と芸術への思考を磨く」とあった。美術と医学の世界を行き来しながら、学際的(という表現が適切なのかどうか、ちょっと違う気もするが)なバックグランドをもった芸術学者であった。となると、「三木成夫」の流れもあるかなと思っていたら、案の定、どんぴしゃり。芸大時代に影響を受けた先生の1人として登場した。DNAの螺旋構造はもとより、脊椎やら腸やら、筋肉の骨格への付着の形態、さらには爪に、髪の毛、はたまた排泄物まで、万物の形象の原点を「ねじれ」「らせん」と捉えた三木成夫の概念から、人体が地球規模的な影響を受けながらバランスを取って生きていることを指摘する。 「体は、外の世界に対しても、また体の内部の感覚としても、地球とのバランスを、構図のセンスとして感じ取っています」「絵画というのは、そういう構図のセンスを、形にしたものです」と締めくくる。 一読後、あわてて本棚から取り出したのが、今回紹介する三木成夫著『海・呼吸・古代形象』。著者のことは何も知らず、その不思議なタイトルに惹かれて10年ほど前に手に入れたものだ。これも不思議な本であった。著者の三木成夫は、生物学者であり、解剖学者であり、人類形態学者であり、いや、そういう範疇では括りきれない、哲学者と呼ぶべきか。不勉強でよくわからないのだが、いずれにせよ、かなりの著名な学者であったことは、ずいぶんあとになってわかったことだ。1987年に亡くなっている。一般向けの書籍のほとんどは、遺稿をもとにまとめられたものである。 さて、本書の話は、約5億年前の古生代に遡って生物誕生の世界から説き起こされる。生命体が海から陸へとその生態の場を移していく過程で、長いあいだ波打ち際で、海に還るか、陸に揚がるべきかを思案していた私たち祖先が、ついに陸上生活の敢行を決意する。その1億年にもおよぶ「上陸のドラマ」から、人類の生命をとらえなおす。 著者のことばでいえば、その古生代末期の「生命記憶」が私たち生命体の奥深くに、いまも脈々と息づいていることが示される。たとえば人間の体内時計が24.8時間周期の潮汐リズムを記憶し、そのリズムに今もって縛られていること(太陽時に基づく24時間制との差異が不定愁訴となって現われる)や、海辺の波の打ち寄せるリズムが呼吸のリズムとつながっていることが明らかにされる。 受胎後30日余りすぎたころから、子宮内の胎児の相貌が刻々と激変していく様は、その1億年にもおよぶ上陸の歴史を猛スピードで早送りした一編のドラマを見るようである。フカのような軟骨魚類の相貌から、トカゲのような爬虫類の顔へ、そして哺乳動物の顔立ちへと劇的に変化していく。エラの残滓から耳の穴が生まれ、胸の筋肉が肺呼吸の器官に変わっていくあたりで、つわりが激しく起こることも明らかにされる。水棲から陸棲に向けての大変動期にあたるのだ。生まれたての赤ちゃんを見て、無邪気に「かわいい!」なんて言う女性がいるが、私は合点がいかなかったものだ。おそらく本心ではなく、おべんちゃらであろうと考えていたが、やはりその思いは間違いではなかった。生まれたての赤ちゃんは、両生類か爬虫類かの面影をいまだ残した、人間一歩手前の生命体であったのだ(言い過ぎ!)。 あらゆる生命体の根源に宿る古代形象から、三木成夫はいまある森羅万象をとらえなおす。植物・動物は、自転・公転を繰り返す地球のリズムから自由ではあり得ず、さらには宇宙のリズムをそれ自身内蔵している。「ねじれ」「らせん」もそのリズムが作り出した形象であり、バランスであり、「構図」であるのだ。 2012.11.10(か) |
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