近著探訪(19)

 本は物である
 装丁という仕事 ■桂川 潤著・新曜社・2010年■
「電子書籍元年」といわれた2010年が終わり、いよいよ今年はさまざまなジャンルの紙媒体が電子化に向かって一気に加速していくのだろうか。元旦の新聞には「文藝春秋」電子版の広告がどかーんと掲載されていた。あの分厚い雑誌がダウンロードして読めれば便利だろうし、広告コピーが言うように、海外在住者にとってはたしかに朗報だろうと思う。
 おそらく雑誌・新聞あたりからどんどんデジタル化の波にさらわれていくのだろう。媒体の特性からしても、デジタルとの親和性は高いようにも思える。固定されたスタティックな活字・写真の世界から、動画、音楽、ゲーム、ショッピング、双方向性、速報性などを取り込んだダイナミック・メディアへと。しかも、雑誌の衰退、新聞離れといわれて久しい昨今からすれば、業界にとっては大きなビジネスチャンスのはず。積極的にならざるを得ないと思う。
 しかし、書籍にかんしては、私は絶対にいやだあ、とあらためて声高に叫んでおきたい。理屈はない。質感をともなった「物」としての本がただ好きなのだからしようがない。15世紀グーテンベルグが活版印刷を発明したとき、それまでの写本時代を生きてきた読書人は「印刷したものなんて本じゃない! いやだあ!」と叫んでいたらしい。「へー、そんなものなのか」と笑ったが、今となっては何を嗤うことができよう。
 さてさて、今回取り上げるのは、私の気持ちを代弁してくれるようなタイトル『本は物である』である。著者は装丁家であるが、外装の装丁だけに止まらず、本文活字や印刷工程、製本・製函工程にまで目配りが効いていて「物としての本」への愛情にあふれている。このなかで、電子ブックやWebでの「ページ概念」の消失にふれている箇所が興味深かった。閲覧ソフトの表示活字のポイント数を大きくしたり小さくしたりすることで、1行の字詰めが変わり、ページが動く。つまりレイアウトが崩れる。「38ページの4行目から」と教師が言っても、みんなばらばら。電子教科書では授業が進まない。<「ページ概念」に基づく「知の共有」ができない>。この現象を著者は「テクストの巻物化」と呼んでいる。Webやブログではスクロールして文章を読んでいくが、あの、読み方になる。
 書物の歴史は、「巻物」から「冊子体」へと移ってきた。折り曲げができないパピルスから冊子に綴じられる羊皮紙への材質の転換がもたらしたページ概念の創造。ここにいたって「複雑で構築的な論理を構成しうる文章語が成立した」のだ。
 著者は言う。Webからブログへとテキストの「巻物化」が顕著になってきた。さらにツイッターにいたって、「巻物化」はおろか、テキスト群は「竹簡・木簡」へと先祖返りしつつある、と。ほんとだなあ。

 人と本の関係は、親から子へ、そして孫へと世代を超えてつながっていくものであり、本来的に変革を嫌うものである。おばあちゃんが子どもの頃読んだ絵本を孫に読み聞かせようとしたら、ファイル形式が違っていて手持ちのデバイスでは読めないなんてことが将来必ず起こるはずだ。現に数十年前に撮影した8ミリを再生しようとすれば今の環境では困難を極める。ビデオのVHSがベータを駆逐していったことがあったが、これなんぞつい最近経験したばかりのこと。ベータ派の私は大いに困ったのだ。いわゆるデジタル・ジレンマへの目配りが決定的に抜け落ちているのではないか。竹簡・木簡であれば、数千年の時を経ても、読めるぞ。
 ……なんて、悪態ばかりついていては大人げないので、先日、案内をもらった電子書籍の勉強会に参加した。講師は、出版ネッツ関西の大迫秀樹さん。紙か電子かのどちらかに肩入れすることなく、ニュートラルな立場からたんたんと現状をレポートしてもらった。書籍の電子化には超えなきゃいけないハードルがまだいくつも残っているというのが、私のざっくりした印象だ。品揃え、価格、課金システムなどにおいて現段階ではまだまだ物足りず、使い勝手が悪そうである。閲覧形式にしてもePubへ統一方向にあるとはされているものの、たとえばアマゾンではAZW形式。とてもユーザーフレンドリーな環境とはいえない。当面は「紙」が続きそうである(ああよかった)。とはいうものの、驚いたのは、全く不案内であったが、コミックの世界。ここでは電子書籍が当たり前になっている。BL(ボーイズラブの略で、男性同士の恋愛物)やTL(ティーンズラブの略で、ティーンエージャーの恋愛物)などのアダルトもののジャンル。20代から30代の女性がケータイでダウンロードしてこっそり読んでいるらしい。すでに国内マーケットは飽和状態で中国での事業展開が計画されている……とか。そんな女の子たちからすれば、「電子書籍なんていやだあ」なんてほざいているおっさんはどのように見えるのだろう。おそろし。2011.1.4(か)
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