近著探訪(18)

 不況は人災です!
みんなで元気になる経済学・入門 ■松尾 匡著・筑摩書房・2010年■
「人口動態デフレ論」と題した記事が日経新聞「大機小機」のコラム欄に掲載されていた(2010年7月16日)。デフレの正体が少子高齢化による生産年齢人口の減少にある、とする議論の「不思議」を述べたものだ。多くの国で少子高齢化が進行しているのに、なぜ日本だけが極端なデフレなのか、生産年齢人口の減少が供給ではなく、なぜ需要の不足を招くのか。人口動態デフレ論からは説明がつかない、と記者は書いている。なるほど、なるほど。納得させられる記事であった。
「論」としてはちょっと成り立ちそうにない人口動態論からのデフレ言説がどうして多くの論者に受け入れられていくのか。その背景として、記事にはいくつかの原因が挙げられていた。そのひとつにマクロ経済学への不信・反感・否定がある、という。えーっ、どういうこと? マクロ経済学が巷間、そうした位置づけにあったとは。不勉強であった。なんだかよくわからないが、しかし、国内で300万人を超える失業者がいる真症デフレ下の経世済民は、まずはマクロ的手法であろうと思う……。
 さて、今回紹介する『不況は人災です!』は、ここんところ、私、すっかりはまっている松尾匡先生の最新刊である。さすが、松尾先生、マクロである。現下の不況脱出法をストレート勝負で開陳する。手法はケインズ。マルクス経済学者によるケインズである。かっこいい! 総需要を増やすというごく当たり前の景気対策をとることの大切さが、わかりやすく丁寧に解説されており、ずいぶんと勉強になった。小泉・竹中コンビ以来、真逆の政策ばかりで、なのにこれを唯々諾々と金科玉条のごとくとらえ、あげく就職できない若者が街にあふれ、自殺者は年間3万人を超え、全国津々浦々の商店街はシャッター通りになってしまった。日本経済は瀕死の状態だ。私もほとほと疲れている。早くなんとかしてちょうだい! 帯にある「首相も、必読!」は本気だゾ!
 昨年11月に「政府は3年5カ月ぶりに日本経済を「デフレ」と認定した」との記事があった。これには心底腹が立った。それじゃあ、これまでの3年5カ月はデフレじゃなかったのか。デフレ懸念という言葉がよく使われていたが、「懸念」どころか、私の実感は90年代前半からまっしぐらに完全デフレ基調である。だから求められるのは、徹底した金融緩和、お金ジャブジャブ、政府支出の拡大である。事業仕分けもいいけれど、ほどほどにしておいたほうがいいんじゃないの。こんなこと言うと復古主義者の烙印をおされそうだが、需要不足が不況の最大の原因なんだからしょうがない。2010年7月10日付け日経新聞には、日本の需要不足は約28兆円と報道されていた。
「異常な」と冠される超低金利政策も大いに賛成である。だって私、借金のほうが多いんだもの。これが零細企業のおっちゃんの身体感覚であり、現実である。日銀が政策金利を上げたとなった日には「どの委員が金利アップに賛成したのか」と、怒り心頭に発してネットでそいつをチェックしに行くほどなのだ、私は。
 というような劣情的スタンスの私に、本書は冷静な学問的知見をたくさん与えてくれた。おかげで理論武装も完璧である。零細企業のおっちゃんの身体感覚だけの物言いから脱却できたように思う。今だったら「円キャリ」「インフレ・ターゲット」「財政赤字と100兆円コイン」なんていうのにもちゃんと反応できるぞ。ケインズの流動性選好・流動性のわなを「貨幣のバブル」と捉え、さらにはマルクスの物神崇拝につなげていく論法は、目から鱗が落ちた下りである。こんど訳知り顔でこっそり使ってみようっと。
2010.7.19(か)
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