この経済政策が民主主義を救う 安倍政権に勝てる対案 ■松尾 匡 著・大月書店・2016年■ |
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アベノミクスの「成長戦略」を主導する、甘利経済財政・再生相が、建設会社から100万円の金銭を受け取っていたことで、斡旋利得の疑惑が浮上し、あっけなく辞任に追い込まれた(2016.1.28)。その1週間前に発売された「週刊文春」のスクープ記事がこの事件の端緒であるが、金銭授受時の証拠となる写真・録音等が完璧に整えられていることからして、「はめられた」との見方もされている。TVニュースなどでは「政治とカネ」というクリシェに終始しているが、カネだけの問題に収束させてしまってはちょっとナイーブにすぎないか。何を目的としたトラップなんだろう、なんてことを不用意に書くと、安倍シンパのレッテルが貼られてしまいそうである。はァー、陰謀史観ですか、なんてことも言われそうである。いやあ、むずかしい。とりあえず言っておくけれど、甘利さんが尽力していたTPPに私は反対である。ついでに、昨年繰り広げられた、立憲主義をないがしろにした「安保法制」の強引な成立については、吐き気を催すほどに不快極まりない。若者たちを中心とした新しい運動体であるSEALDsの活動には好感し大いに期待もしている。と、こうした自身の立ち位置のエクスキューズから書き始めなければならないのは面倒くさい。政治的旗幟を鮮明に、というのが昨今の流れなのかもしれないが、世の中そんなにわかりやすくはできてないでしょ。
さて、本書の主張は、アベノミクスを検証しながら、現下のデフレ脱却に向けての有効な経済政策を「金融緩和と政府支出」の徹底におく。「大規模な金融緩和でつくった資金を使って政府支出をおこない、景気を拡大させて失業を解消する政策」、つまりはケインズ経済学に基づく「有効需要増大」策である。しかし、なんと、それはアベノミクスの旧「三本の矢」の一つ目と二つ目そのものではないか。左派・リベラル派の著者にとっては、安倍擁護派と烙印を押されかねない。旗幟を鮮明にせよ、なんて声が聞こえそう!? 著者の弁。 「この政策をはっきりと打ち出したはじめての政治家は、よりによって筋金入りの右翼政治家の安倍さんだったのです! このくやしさ、どう表現したらいいか」(192頁) このケインズ政策が、そもそも右派的親和性に基づいたものではなく、逆に「左翼の世界標準として熱狂的に支持されている政策である」ことを説くべく、金融緩和・財政支出を支持する欧米の左派系論客の言説やら、北欧の社会民主的政権が主導する金融緩和策などが紹介されている。現政権の経済政策を是とすることで見舞われるであろう誤解と、安易なレッテル貼りにさらされる危険を避けるべく、政治思想的旗幟を表明しながら、隅々にまで気配りを効かせて慎重に論を進める。著者も大変なのだ。政府支出を福祉や医療、教育分野に集中すべしという点に、著者の左派・リベラル派的姿勢があらわれている。 ところで「第三の矢」に対する著者の評価は「政策矛盾」として否定される。この矢(成長戦略)は、いわゆる小泉政権時代の「構造改革」路線を踏襲したものである。こちらは新古典派経済学から導かれた新自由主義政策であり、徹底して規制緩和をすすめていくことで競争原理にものを言わせて、社会システム全体を効率化して〈経済の天井〉を上げていこうとするもの。総需要不足が問題になっている今、筋違いの政策である。つまりは、第一・二の矢と、第三の矢は、背反する政策で、アクセルとブレーキを同時に踏み込んでいるようなものなのだ。消費税の税率アップも同様だ。消費不況なのに消費を減らすトンチンカン。せっかくのケインズ的景気拡大政策を台無しにしてしまう。 ところで、第一、第二の矢にも著者は批判的だ。いわく「こんなものでは足りない!」という点で、だ。もっと、もっと、緩和マネーを。もっと、もっと支出を。財源は「無からおカネをつくればいい」。前著『不況は人災です!』(筑摩書房)では「100兆円コイン」を政府が発行して日銀で両替してもらえばいいという奇策が紹介されていた。ともあれ日銀は国債をどしどし引き受けておカネを流してゆくこと。政府はそのおカネを使って公的投資を続けていくこと。ケインズ理論からすれば当然の理路であるが、良心的左派・リベラル派の方はその手法から受ける印象(湯水のごとくおカネを費消していくイメージ)に眉をひそめるかもしれない。「あとがき」に「この本は大月書店から出てこそ意味があったと思います」と記されているが、たしかにその通りだと思った。 私は、右派でも左派でもなく、まったくもってイデオロギー性の希薄なおっさんである。そんなおっさんではあるがいっぱしに「日銀は国債なんてチャラにしてしまえばいいのに」と人前で知ったかぶりに言うことがある。すると悲しいかな、あきらかに「不道徳な人間」を見やるような目を向けられ、小心者の私はしゅんとしてしまう。「チャラって、あーた、おカネなんですよ、無かったことになんて、できるわけないじゃないですか!」。そうですよね。 しかし本書で適切な用語を学んだ。「永久利付債」。「日銀がもっと国債を買い取って、事実上この世に無いものにしてしまうのがいちばんいいのです。(略)永久利付債に転換してしまうのがベストです」(220頁)。なるほど。チャラなんていうよりずっと知的でスマートだ。 一昨日、日銀は史上初の「マイナス金利」を導入した。Good job ! (か)2016.1.31 |
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