【著者から読者へ】
国際協力のフィールドワーク
著者:庄野護(しょうのまもる)
スリランカでの7年間の生活に区切りをつけて帰国した1996年に現地でのフィールドノートを『スリランカ学の冒険』としてまとめた。幸い、異文化理解の学術賞ロゲンドルフ賞を受賞した。
それから3年かけて書いたのが、今回出版の『国際協力のフィールドワーク』である。開発ボランティアとして参加した、スリランカの都市スラム開発事業を私的に総括した内容である。
国際協力や海外ボランティアの分野は、マスコミにもよく取り上げられる。しかし、イメージに合わせて記事や番組が制作されていることが多い。現場で何が起きているのか実態はよく知られていない。
体験談をまとめた本は多い。しかし、個別の体験を一般化し、さらに理論化したような本は少ない。執筆にあたって念頭にあったのは、そんなことである。私は、体験者として実情を報告したつもりだ。
海外ボランティアに行く人の教科書となるような本を書きたかった。できあいの解決策を持ち込む役立たずの部外者ではなく、住民と共に歩むフィールドワーカーの誕生に立ち会いたいと願っている。
上梓した直後、若い友人に読んでもらった。海外ボランティアに行きたいと言っていた学生である。
「しんどそうだから行くのやめた」という感想が返ってきた。しかし、その反応を私は喜んだ。行って後悔するより、別の人生を歩むほうが本人のためになるからだ。
利害関係が複雑にからまる国際協力の現場は、美しい理想だけで成り立つ世界ではない。国際協力の世界には自殺者が多く、NGOにも金銭汚職やセックス・スキャンダルがめずらしくない。
最近、欧米の大学院を出た人たちが、専門家になるケースが増えてきた。結果、スラムの路地や田んぼの畦道を歩けない日本人専門家が増えている。彼らが、何億円のも開発事業を運営しはじめた。そんな傾向に私は疑問をもつ。
著者自身の体験に加え、事例報告としてスリランカの女性銀行の運動を紹介してある。スラムに住む婦人たちが貯蓄組合を組織化することで始まった市民運動である。数年で会員数が3000人を超え、住宅ローンを貸し出すまでに成長した。
この運動を通じて「市民は何でもできる」という意識が、スラムの婦人たちに定着しつつある。世界を底辺から変えていく、ダイナミックな市民運動となっている。その運動を私は現地で7年間、観察してきた。この幸運が今回の著作を生んだといえる。
本書の刊行後、アジアの女性銀行についての講演依頼が増えた。そのつど感じるのは、意識が高いはずの日本の女性たちの行政や政治に対する「受け身」の姿勢である。
「市民は何でもできる」というスリランカの女性たちの活動は、日本の女性たちに簡単には伝わらない。そこにアジアの女性と日本の女性たちとのあいだに横たわる距離を感じている。
『ほんコミニケート』(第152号1999年7月号:ほんコミニケート編集室)より。
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