近著探訪(24)

 動的平衡2
生命は自由になれるのか   ■福岡伸一著・木楽舎・2011年■
 京都議定書が求めた、温暖化ガス削減の日本の目標数値は2008〜12年に1990年比6%減というものであった。しかし、現状は削減どころか増加になっているという報道が、この最終年になってちらほら見られるようになってきた。
 国内の経済活動は縮小しており、そのぶん企業の直接的な排出ガスは減少しているが、東日本大震災以降、エネルギー政策が化石燃料へと大きくシフトしていることもあり、今後も増加は避けられないだろうと新聞は伝えている(日経電子版2012.1.29)。
 CO2削減が21世紀に生きる人類の喫緊の目標になってしまった感があるが、いっぽうで温暖化とCO2の因果関係を否定する論調も少なくない。気象学の権威である京大の廣田勇氏の「今のところ誰にもわからない」という率直な意見や、地球物理学の権威であるアラスカ大の赤祖父俊一氏の「現在の地球温暖化は19世紀からすでに始まっていることである」(気候変動の現象にすぎないという主張)などなど。その道の大家から懐疑論を聞かされると、排出権取引で行き交う何百億円、何千億円といった巨大なお金はいったいなんなのだろうと、持って行き場のないむなしさを感じてしまう。京都議定書の意図を、単純に環境問題だけに帰着させるにはナイーブすぎるのかもしれない。
 さて、本書はそうした文脈で手に取った本ではない。「動的平衡」という魅力的な概念を教えてくださった、私にとってハズレのない「福岡伸一」先生の著作だったからである。 興味深い下りがあったので紹介したい。
 大気中にCO2が何パーセントあるかというお話。まわりの知人に聞くと、「うーん、1割ほど?」「2〜3割かな?」がほとんどであった。小学校の理科で「空気は窒素80%、酸素20%」と習ったはずなのにね。じゃあ二酸化炭素はどこにあるの? これほど世を騒がせているCO2なのに、誰も答えられない。かく言う私もそうだけれど……。
 正解は0.035%だそうだ(225頁)。このうち経済活動で排出されるCO2が1%。であるから京都議定書で取りざたされているCO2は0.035%×1%=0.00035%となる。その国別内訳が中国22%、米国20%、ロシア5.5%、インド5%、と続いて、日本が約4%。となると、日本の経済活動によって排出されたC02は、大気中0.00035%×4%=0.000014%で、そのうちの6%が削減目標であるから、これに6%を掛けると、0.00000084%となる。この小数点以下にゼロがたくさん並ぶ数値を前に、さきほどの何百億円、何千億円のお金が動くわけである。なんだかなーという気分である。
 とはいえ、18世紀から19世紀の産業革命以前のCO2の数量が0.028%であったと推定されているそうで、確実に増加の傾向にあることは間違いない。やはり膨張しつづける経済活動がCO2を増やしている元凶であったといえそうであるが、しかし、事はそう短絡ではなさそうである。CO2をもっとも排出しているのは化石燃料の燃焼によるものではなく、なんと私たちが吐く息なのだそうだ。
 著者の算出によれば、吐く息1回を500ccとすれば、そのうちの4%がCO2で、1人の人間が1日当たり1キロ以上のCO2を吐き出し、年間総量は約400キロになる。日本人1億2000万人では1年間で4800万トン。京都議定書の削減目標6%は、90年を基準にすれば約7500万トン。となると、私たちの呼吸だけで、削減目標分のほとんどを1年半ほどで食いつぶしてしまう。
 伝えるところによると、世界人口が昨年末に70億人を突破したのだそうだ。1800年代、10億人だった。クロマニヨンの誕生から20万年をかけて10億人になったものが、たった200年で60億人増えたことになる。この急激な人口増がCO2を増加させた第一の原因ではないかと私は思う。CO2と地球温暖化に因果関係があるのかないのかは別にして、著者曰く、この増加傾向が地球環境にどういった変化をもたらすのか、現時点でははっきりと顕在化していないが、「しかし、この変化が動的な平衡点を移動させていることだけは確かであり、動的な平衡は、干渉に対して必ず大きな揺り戻しを起こす」としるしている。(か)2012.3.10
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