スリランカ映画特集「蓮の道」(福岡・東京)から

アジアフォーカス・福岡映画祭2002
2002年9月13日-23日

スリランカ映画祭2002
(国際交流基金アジアセンター)
2002年9月25日-10月2日

 今秋9月から10月にかけて、福岡・東京でスリランカ映画が一挙に上映された。福岡では恒例の「アジアフォーカス・福岡映画祭」において6本、東京では国際交流基金主催のそのものずばり「スリランカ映画祭2002」と題して10本。ともに日本・スリランカ国交樹立50周年記念の一環でもある。現地からは主演俳優、映画監督も来日した。ふだんなかなか目にすることのできない作品ばかりで、さすがに両会場ともけっこうな賑わいであった。
 やはり「蓮の道」が気になった。ちょうど原作の翻訳本を7月に刊行したばかり。本の記憶も鮮明で、本と映像の世界を綿密に比較してみる準備ができていた。活字では徹底的に書き込まれた心理描写が140分という映像でどう編集され作品化されているのか…、登場人物のキャラクターとキャスティング。さらには、版元として、物語が提示する世界観にお客さんがどのような反応を見せるのか、シンパシーをもつか、反発を感じるか、つまるところ読者がいるのかいないのか。両会場の協力を得て刊行物を販売していただいていたので、その反応がたちどころに判明する。本は売れるだろうか!? 売れてちょうだいと祈る気持ち…、怖くもあり、楽しみでもあった。
 「蓮の道」は短い生涯に終わったアラウィンダという村の青年の遺稿をもとにすすむ物語。タイトルの「蓮(の華)」をスリランカのシンハラ語で「アラウィンダ」という。つまり「蓮の道」は「アラウィンダの人生」。「蓮」という語感から仏教っぽいものを連想する人が多いのだが、しかもスリランカは仏教国でもあるので、致し方ないのだが、本・映画ともに仏教色をそれほど私は感じない。たしかに仏陀にみる「欲望からの解放」は気高く語られており仏教をベースにした世界観には違いない。しかしそういう世界観から縁遠くなった私たち日本人にもストレートに胸をうつ。映画の後半近くには多くの観客の鼻をすする音があちらこちらから聞こえた。私は都合2回見たのだが、2回泣いた。通奏低音のように、無自覚ながら1500年近くの仏教観が私たちの血にわずかながらも流れているのだろうか。
 原作の作品が1956年出版されたあと、スリランカではアラウィンダの性格や生き方をめぐって大きな論争があったときく。敬虔な仏教徒の多いスリランカにおいて物議を醸した。これはどういうことなのだろう。仏教という枠組みだけでは捉えきれない<なにか>が迫ってくるからにちがいない、と思う。
 さて、本の販売はおかげさまで両会場とも完売、といううれしい結果となった。福岡アジア映画祭の実行委員会のスタッフのみなさん、また国際交流基金アジアセンターの方々にはたいへんお世話になりました。そして、お買いあげいただいた観客のみなさん、どうもありがとう!

南船北馬舎

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