石光真清の手記 ■石光真人編・中央公論社・1988年■ |
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(愛蔵版) (文庫版) |
「手記」はそこから始まる。 9歳の時、熊本城下で神風連の乱が勃発、翌年は西南の役になだれ込む。そうした動乱まっただ中を遊び場として、守旧派・開明派、薩軍・政府軍の両陣営を屈託なく飛び回った。明治初期の激動が子供の目を通してありのままに活写されている。 長じて軍人となり、日清戦争に従軍。その後、ロシア情勢を探るために、シベリヤの地で諜報任務に就く。日露戦争、ロシア革命に身を投じ、波瀾万丈の日々を送る。馬賊との友情、暗躍するスパイたちとの駆け引き、ロシア軍将校やボルシェビキ革命家との交遊、現地日本人の出稼ぎ事情などなど興味は尽きない。 本書はもうひとつの『坂の上の雲』である。司馬遼太郎が愛情をもって描いた「明治」を、まさに明治元年生まれの生粋の明治人による手記というかたちで側面から検証する内容だ。健気で律儀な「明治」の気質が心地よい。それは間違いなく帝国主義を目指すものであったわけだが、それでも当時の国際舞台で、背水の陣を敷いて一等国に這い上がろうとするその直向きさには感動を覚えてしまう。しかし、司馬が忌み嫌った日露戦争後の軍部傲慢さ・狭量さ、組織の官僚化は、石光の人生をも翻弄した。大陸を縦横無尽に駆けめぐった青年期から壮年期かけての血湧き肉躍る物語は、一変して晩年の不遇を語って終わる。それは司馬の愛する「明治」の終わりと軌を一にしていた……。 16歳の長男に述懐する。「お父さんは失敗したんだよ。何もかもね。(略)人間を信じすぎ、人情に溺れてね……世の中というものはそれだけで動いているものじゃなかった。そのようには出来ていなかった。だが諦めてはいないがね……」 20年ほど前に文庫本で読んでいたのだが、いつかは再読したい思っていた。老眼になったいまの私には文庫本四部作ではつらい。数年前に、一冊にまとめられた箱入り上製本(愛蔵版)を古書店で手に入れていたのだが、この1200頁にも及ぶ大部の作品に取りかかかるエネルギーが衰えていた。気合いを入れてこの5月の連休に集中して読んだ。しかし、本体重量1.42kgはこれまた弱った筋肉にはしんどい読書となった。 本書は以下の文庫本4冊で刊行されている。なお初出は龍星閣(1958-59年)による。 『城下の人』(中公文庫・1978年) 『曠野の花』(中公文庫・1978年) 『望郷の歌』(中公文庫・1979年) 『誰のために』(中公文庫・1979年) 2007年6月17日(か) |
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