旧著探訪(7)

 戦争の悲しみ   
■バオ・ニン著・井川一久訳・めるくまーる・1997年■
 愛は戦いの彼方へ ■バオ・ニン著・大川 均訳・遊タイム出版・1999年■


井川一久訳


大川 均訳

 今回はベトナムの小説である。舞台はベトナム戦争。小説ではあるけれど、私はどちらかといえば「ノンフィクション」として読んだ。破壊、殺戮、凄惨、狂気、絶望、そして血と肉の腐乱と腐臭……。悲痛な不条理が全編を覆っている。その物語が展開するリアリティが「事実」として読み手に迫ってくるのだ。
 著者バオ・ニンは、元北ベトナム軍兵士で、除隊後、雑誌社に勤めるかたわら作家となった。小説の主人公である兵士キエンは、作家の分身ともいえるだろう。
 数ある「ベトナム戦記物」のなかでも最高の名作だと思う。しかも他の多くの作品が「南」からのものであるのに対し、著者が北軍兵士であることからもわかるように、この作品は北ベトナム人民軍側からの表現物であることが注目される。1980年代後半に本格化するベトナム共産党のドイモイ政策(市場経済化・対外開放)路線によって、日の目を見た作品である。

 さて、しかしながら日本ではこのバオ・ニンの小説は不幸なかたちで翻訳出版されてきた。日本語版が二種類ある。1997年に最初に出版されたものが『戦争の悲しみ』(めるくまーる・井川一久訳)、もう一つはその2年後に出版された『愛は戦いの彼方へ』(遊タイム出版・大川均訳)。井川訳は英語版から重訳、遅れて出版された大川訳はベトナム語版からの訳出である。
 最初に刊行された井川訳に対して、大川氏が異議を唱えた。いわく「井川訳は<政治的意図をもってほしいままに改竄(野放図な本文への加筆・削除・歪曲)したトンデモ本>である」と。井川氏はサイゴン特派員、ハノイ支局長だった元朝日新聞記者。原著にはない「人民軍礼賛」の文脈が書き込まれ、「北」があたかも正義の軍隊であるとの虚飾が随所になされているという。
 『正論』(1998年1月号・10月号/7月号には井川氏からの反論)誌上において大川氏はベトナム語原文と井川訳を照らし合わせながら具体的な指摘を展開している。私はどちらが正しいのか判断できない。ベトナム語が読めないのだから当たり前の話ではあるが、私自身は、その「改竄」だらけといわれる井川訳を興奮しながら読んだ。作品としてやはり名作だと思った。
 しかし本編は名作ではあるが、解説がいただけない。「米軍やサイゴン軍とは違って、彼ら(人民軍)はわが身を犠牲にしても非戦闘員を守ろうとし、傷ついた敵兵や投降した敵兵には決して危害を加えない。(略)(人民軍による)女子供や老人の殺傷、レイプ、金品略奪、捕虜虐待の悪行を、ただの噂としても(私は)一度も耳にしたことがない」とし、「この小説は一種の人民軍賛歌ですらある」「(人民軍は)嘆きの軍隊。暴力と血を嫌う軍隊」と評している。えっ、そういう内容だったのかと驚いた。私の読後感とはおおいに違う。人民軍礼賛の演出が井川訳にはなされていたことにも気づかずに感動してしまった私の読みの浅さを恥じるばかりだ。
 しかしあえていえば、そうした作為がなされていようとも、作品本来がもっている力がそんな小賢しさをものともしなかったと思いたい。
 大川氏の憤りを本編の内容部分において理解することはできなかったが、井川解説を読むと大川氏の言うとおりかもしれないと思う。また井川氏が著者とのインタビューで「私は戦争がむきだしにした人間本来の悲劇性を描いたつもり」とのバオ・ニンの言葉を引き出しながらも、本書が「人民軍賛歌」であると断じてしまう氏の感性には不信を覚える。
 
 井川氏は「井川訳以外の出版は認めない」と書かれた著者バオ・ニンからの書簡(原本ではなく日本語訳)を提示し、自らの訳書の正当性を述べている……。どちらが著者バオ・ニンの信任を得た訳本なのか、泥仕合の様相を呈してきた論争であったが、いちおうの結末はみたようだ。
 2002年3月20日付けの大川氏による「作家バオ・ニンを日本に迎えて」と題した一文だ。ネット上を徘徊していたおりに遭遇したレポートである。
 バオ・ニンが来日し、大阪外大、東京外大を訪れた。その場でバオ・ニン氏は「井川氏が提示したような書簡を書いた覚えがない」と述べたとされている。井川氏のいう書簡が捏造されたものであったことが明らかにされた。かくして、大川氏に軍配が上がった……。しかし、井川訳のほうがよく売れた……。これまた不条理な出版ビジネス界ではある。
(か)2004.9.07
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