■第4回■■インド系文字と印刷■

 コンピュータは、その出生からしてもそうであるが、ラテン系文字使用者である欧米人にやはり便利に出来ている。英語使用者であればアルファベット26文字で済んでしまうのに、日本語の場合は…、まったくの素人でよくわからないが、ともかくその数は膨大な量であることは想像できる。1バイト文字や2バイト文字、その意味するところもよくわからないが、日本語を処理する場合は2バイト文字とかだそうだ。「半角」「全角」という話なのだろうか。
 最近では本を出版する場合DTPという方法でデジタル処理されて印刷にまわる一貫行程になっている。そのせいか、手書きでの入稿は勘弁してちょうだいという出版社も増えてきている。かわって、原稿入稿はほとんどがコンピュータ(ワープロ)で作成されたテキストファイルでなされる。その場合は「半角文字は使わない」というのが約束事だ。
 プロバイダ契約を済ませ、勇躍今日からE-mailとやらをやるぞ!と勢い込んだインターネット初心者が1年もの長きにわたってメールがエラーで送信できなかったという話を聞いたことがある。原因はメール住所を「全角文字」で入力していた。わかってみればたわいないことではあるが、こんなことで出鼻をくじかれるというのは悲しい話である。
 さて、これからお話したいのは日本語文字ではなくインド系文字のこと。インドの公用語であるヒンディー語やネパールの国語ネパール語などを記述するさいに用いられるデヴァーナーガリー文字に代表される文字群だ。これをコンピュータでどう打ち出すか。
 とくにラテン系ではない文字群を駆使しなければならない領域の研究者にとってこういった外国語の処理問題は切実な問題であるだろう。
『電脳外国語大学』(技術評論社)という本がある。奥付を見ると平成5年の刊行とあるから8年ほど前に出された本である。英語以外の言語をいかにパソコン上で処理するかを日夜孤軍奮闘してきた学者たちがその手の内を紹介している。デヴァーナーガリー文字はもちろん、アラビア語、タイ語、モンゴル語、ペルシャ語などなどの記述ノウハウが開示されているが、そのシステム構成はなんだか複雑で素人が介入できるような単純さではない。巻末の「外国語処理のための製品リスト」を見ても高価な製品がならんでいる。気軽な気持ちでは取り組めない。
 そういう意味では、インターネット隆盛のこの時代、便利になった。たった8年しか経っていないのに隔世の感をもたせるほどにこの本の内容は陳腐化してしまった。インターネットからインド系文字のフォントをダウンロードすることもできるようになっている。それもほとんどが無料サービスである。自分のコンピュータ環境内に限定されるが、画面で入力したりプリンタでハードコピーも可能だ。以前、この南船北馬舎のホームページでもシンハラ語のフォントがダウンロードできるサイト紹介があったが、おそらくほとんどの主要な文字群はダウンロードできるのではないだろうか。
 しかし、問題はその先である。そういった文字で書かれたものを印刷して本にする場合である。例えば西夏文字を印刷できるのは日本では京都の中西印刷さんという所しかないと聞く。たとえ自分のコンピュータ画面にデヴァーナーガリー文字を表示させることができてもそれをそのまま印刷屋さんの機械に持ち込めないのだ。冒頭で述べたDTPによるデジタル一貫処理はできない。結局は糊と鋏で切ったり貼ったりの気の遠くなるようなアナログ的作業を経て印刷にまわる。
『華麗なるインド系文字』(白水社/2001年)という本を手に入れた。インド系文字の元祖ブラーフミー文字から派生したさまざまな文字の、その書き順、発音を紹介している楽しい本である。「あとがき」にも書かれていたが、「さまざまな書体が混在する本ができるのはコンピュータで容易に文字フォントが入手できる環境がととのった恩恵です」と。しかし、最終の印刷にまわる直前の版下作業は「しめて2300回の切り貼り!」とあった。
 ここ南船北馬舎で刊行された『熱帯語の記憶、スリランカ』という本の中でもインド系文字であるシンハラ文字がいくつか印刷されていたが、使用されたシンハラ文字はインターネットでダウンロードしたものらしい。しかしそのフォントをそのままテキストデータとしては使えない。舎主によると、ダウンロードしたフォントをいったんアウトラインをとって画像にしてしまって、それをレイアウトソフト上に写真として貼り込む。キーボードで出てこない文字というのもあってそれらは、日本語でいうところの偏や旁の部分に分解して、それらを画像合成する。やはり結局は切り貼りの世界であったようだ。
(平七丸)

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